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TROPICAL TIGER

「今実家に車置くところです!駅で待ってて」
「今から第三京浜のる!あと40分くらい」

2人から届いたLINEを確認して、俺は駅前で待っていた。彼らと会うときは約束の時間よりも遅れて行くようにしているけれど、それでもやっぱり待つことになった。遠くから歩いてくる友人の姿を早い段階で見つけてしまわないように、なるべく足元に視線を落としていた。ところで、彼らはどんなふうにしてあのメッセージを送っていたのか、と疑問に思う。いまさらそのことを注意したりはしないけれど、そういうところも俺とはまったく性格が違うとつくづく思う。

「おす、遅くなってごめん」と思わぬ方向から声がかかる。視線を上げるとPOTの姿がそこにあった。彼の本名は中鉢で、みんなからは"ハチ"と呼ばれている。今度一緒にDJイベントに出ることになって、なにかDJっぽい名前がほしいねという話になって、今年の6月から"POT"という名前になった。「"DJ POT"だとまるでちゃんとDJをやってるみたいだから」という理由で、ただの"POT"になった。
せっかくだから俺も何か新しい名前をつけようかと思ったけれど、結局めんどくさくなって"五十嵐"にした。"DJ 五十嵐"じゃなくてただの"五十嵐"だ。POTもウメちゃんも俺のことを"五十嵐"と呼ぶことが多いからその方が良いかなと思った。自分で名乗るよりも、他人がそう呼ぶものが俺の名前のような気がする。行く先々で違う名前を持っている野良猫のように、なんだかよくわからないままやり過ごせないだろうか、と考えている。

横浜には魚のおいしい店が少ない。だけどこの店はおいしかったからまた行きたいと思っていた。今日のおすすめからカツオのタタキと焼き枝豆を注文した。そして生ビールをふたつ。第三京浜に乗っているウメちゃんを待たずに、2人で飲み始めることにした。POTと会うのは4月以来で、近況を報告したり、今度のDJイベントでどんな曲を流したらいいか相談していた。ひとつめのグラスが空になった頃、ガラガラと扉が開いて、労働者!という出立ちの梅ちゃんが現れた。髪がすっかり伸びていて、ぱっと見では誰だかわからなかった。今度のDJイベントを企画したのがウメちゃんで、本番前にいったん集まろうよという話になって、約束した日が一度キャンセルになって、"リスケ"しての今日だった。

俺が2人と出会ったのは高校時代だけれど、2人の出会いはそれよりももっと前だ。幼なじみというか腐れ縁というか、俺とは違う地域、違う文化のなかで育まれた独特のノリをいつも感じる。お互いバカにし合って笑ったり、待ち合わせ時間に遅れたり、約束が当日になくなったり、ケンカしてすぐ仲直りしたり、徹夜して朝まで遊んだり。俺も彼らのように生きられたらいいのに、と思ったりもした。
とにかくみんな幼かったのだ。彼らと会うときは彼らのノリに合わせなきゃいけないと思っていたし、疲れることもあった。だけど、俺は俺で良いのだと思えるようになって、ノリが違うまま一緒に過ごせるようになってきた。今だって、二人のあいだにある親密な時間をうらやましく感じることもあるけれど、俺には俺の時間があって、彼らからするとそれが眩しく見えることもあるらしい。そんなこともようやくわかるようになってきた。

だから、まさかこの3人でバンドをやることになるなんて思ってなかった。初めて出会ってから15年ほど経った2017年、俺たちは"Jesus VS Satan"というバンドを結成した。ライヴの回数はまだ片手で数えるほどしかやっていないけれど、活動自体はもう5年も続いてることになるんだから不思議だ。「あんまり練習すると良いところがなくなっちゃうよ」なんて話しながら、ウメちゃんはコーラを飲んで笑っている。今はいよいよバンドの練習もしないで、DJイベントの準備ばかりしている。それにしてもハモの天ぷらがおいしかったな。

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