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アルバム配信日決定

『特定の人物名が歌詞に含まれております。こういった類の音楽配信は権利侵害のおそれがあり、権利者から訴訟が起こる可能性がございます』

そう言われて審査に落とされたのが10月1日だった。なにか権利を侵害しようとか、誰かを貶めるような意図はまったくなかったのだけれど、特定の人物名は確かに含まれている。一番初めに思ったのは、とにかく「めんどくさい」ということだ。録りなおしたらまたそこで新しいアイデアが生まれて延々と手を加える羽目になりかねない。友人のズキスズキと相談して、ひとまず録音物は変更せず、テキストデータだけを修正して再提出することにした。中井貴一をNに、佐多啓二をSに、牧瀬里穂をMに、橋本治をHに、ジョー・ストラマーをJに、ポール・シムノンをPに。歌詞に含まれていた6人の名前すべてをイニシャル標記に変更した。

しかし、俺はどこかスッキリしない気持ちが続いていた。そもそも俺は、イニシャル表記や伏字が好きじゃないのだ。誰に気を使っているのかわからないような、「○-ソンの店員」とか「某レコード店」とかの表現を見るとなんだかひどくつまらない気持ちになる。それで守られる権利もあるのかもしれないが、失われる実在性の方がよっぽど重要な気がしてしまう。
それに加えて俺は、「やっぱり歌詞を変えて録りなおそっかな」と早くも心変わりをしていた。確かにめんどくさいことではあるが、審査に引っかかったという経験すらも作品のなかに残せないだろうか、と思ったのだ。決断を押し通して真っ向から反発するのではなく、トラブルを逆手にとって新しい価値を生成する。自分の計画を台無しにする快楽というものもある。完成されたと思っていたものがもう一度かたちを変える。それもありかもしれない。

気持ちがそっちに傾けば、むしろそれに従いたくなって、再審査の結果を待たずに俺は歌詞を変更して歌を録りなおすことにした。『中井貴一がトロンボーン吹いてる 佐田啓二の息子』を『仕事終わりにトロンボーン吹いてる 俳優の息子』に書きかえた。『牧瀬里穂』を『アイドル』に、『橋本治』を『アストロモモンガ』に変えた。しかし、ジョー・ストラマ―とポール・シムノンだけは、音楽的にも歌詞的にもどうしても変更が効かなかったのでそのまま残すことにした。海外の人物、パンクスの名前なら権利もそこまでうるさく言われないだろうと思った。

そんな俺のアティテュードを知る由もなく、イニシャル表記のテキストデータで再審査は通過してしまった。録音物ではハッキリとその名前を歌っているのに、テキストをイニシャル表記にしただけで誰からも訴訟されなくなるのだろうか?権利の侵害には当たらなくなるのだろうか?そんな疑問も感じつつ、10月24日の配信決定をこちらからキャンセルした。あいだに入って事務処理をしてくれているズキスズキには申し訳ないが、新しい録音版で初めから手続しなおしてもらうことにした。初めからやり直すとなれば最低でも2週間は延期。配信開始日はなんとなく日曜日が良いと思っているので、最速で11月7日の配信となる。ただ、まあここまでやればもう誰にも文句は言わせないと思って、11月7日配信開始のつもりで告知の準備を進めていくことにした。

しかし、また審査に引っかかってしまった。ジョー・ストラマーとポール・シムノンも駄目だったのだ。パンクって何。でもまぁそんなこったろうと思ったよ。そこはもう妥協点を自分のなかに見つけていたので、ジョー・ストラマ―をJ・Sに、ポール・シムノンをP・Sに表記だけ変更して速やかに再提出することにした。そして1週間後、審査が通過したとズキスズキから連絡があった。11月14日配信開始。一番初めの計画では10月17日の予定だったので、ちょうど1ヵ月遅れたことになる。あの頃はまだ暑かったけど、今はもうすっかり秋だよ。

igrstskのアルバム「34」。11月14日配信です。よろしくお願いします。

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