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パクチーの話

2021年12月20日(月) 晴れ
最低気温が10℃を切るのはあたりまえ。すっかり背筋もまるくなって、身体は軋むようにこわばっている。動物なら冬眠しているところだ。なぜ俺は布団から出なければならないのか。これでもかってくらいに傾いた陽は、低い柵に遮られて俺のベランダに届かない。おまえ、このままで大丈夫なのかよ?

もう年の瀬だからおおげさに振り返るのを許してほしいが、今年の上半期は住居のストレスが大きかった。俺が住んでいる建物の改修工事がスタートして、ベランダをまったく使えない状態だったのだ。外壁を塗装するために、建物を囲むようにして足場が組み立てられ、資材の落下を防止するためにさらにネットで覆われた。特に地上に近い俺の部屋は、最後の最後までその工事に付き合わされることとなった。2月の終わりに始まって気づいたらもう7月。工事のノイズに負けて録音できない日もありました。シンナーの臭いでむせかえる夜もありました。日照時間の減少は精神的にも大きく影響を与えます。そのぶんの家賃返してほしいです。そのぶんの陽射し返してほしいです。そのぶんの名曲返してほしいです。初春から夏にかけて、スイートスポットを。ベランダ菜園のスイートスポットを、俺は奪われたのだった。

2020年はアサガオ、ナス、ミニトマト、パクチーを育てて、夏のベランダはとてもにぎやかだった。毎年何かしらの失敗を重ねながら、少しずつ実りを増やしていった。この流れを止めたくない俺は、工事によって夏の盛りを奪われながらも、アサガオとパクチーだけは細々と育ててみることにした。

アサガオは昨年のタネを保存し忘れていたので、一昨年のタネを植えることにした。1年のブランクがどう影響するのか心配だったが、それも杞憂に終わった。アサガオはその恐ろしいまでの生命力で見事に花を咲かせ、5つのタネを残した。例年に比べて背も低く、花の数も少なかったが、狭いベランダではむしろちょうどよかったかもしれない。「残月」という名前の青いアサガオは、来年も継承されることだろう。
そしてパクチーだ。こいつが曲者で、一昨年から挑戦しているのだがあまり思ったように生長することがなかった。2019年は市販の栽培キットを買って育てた。ぴょこぴょこと芽が出てくるのはかわいらしかったが、そこからがうまくいかなかった。か細いまま背だけが高くなり、ほとんど葉っぱが生えなかった。これはおそらく、「徒長(とちょう)」という現象で、俺が水をやりすぎたことが原因だろうと思った。
2020年は栽培キットに頼らず、鉢に植えることにした。自力で50粒ほどのタネを半分に割り、水につけて、鉢にばら撒いた。ここでも徒長が起こったが、どうもそれは水やりだけのせいではなさそうだった。徒長しては萎え、新しい芽が出て徒長しては萎え。パクチーのメンバーが何度も入れ替わっていくなかで、9月を過ぎた頃から葉っぱが活き活きとし始めた。インターネットで調べればハッキリと書いてあることなのだが、パクチーの適性気温は15~25℃。そのシステムの正確さをあらためて実感することとなった。俺は、勝手なイメージで、真夏には育たない植物を真夏に育てようとしていたのだった。

そして2021年。さらに理解を深めるため、3種類のタネを購入して比べてみることにした。トーホク、ウタネ、サカタ。そのうちひとつは羽虫の住処となってしまったので、収穫を待たずにすべて引き抜いた。同じ土で育てても、タネによって違うことがわかった。残りの2種類は追いつけ追い越せですくすくと育っていき、間引きもかねて3回収穫することができた。茎もしっかりとしていて、根っこも深く伸びている。水やりに注意し、気温に注意し、これまでの研究を活かしてパクチーと付き合うことができた。付き合うといっても実際は「ほっておいたら勝手に伸びた」というのが正直なところだ。人間にできることはあるが、なにもかもコントロールはできない。そんなことをこの狭いベランダで学んでいる。とでも言えば収まりがいいだろうか。

ベランダにはまだいくつかのパクチーを残している。厳しい冬をどう乗り越えていくのか、はたまた乗り越えずにいるのか。確かめてみようと思う。

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