飯塚 傳

平凡な日々の営みから垣間見えた奇異な光景、ふとした折りに感じた違和感、日常に空いた裂け…

飯塚 傳

平凡な日々の営みから垣間見えた奇異な光景、ふとした折りに感じた違和感、日常に空いた裂け目から展開する異空間の風景。私たちの周りで生起する奇妙な出来事を短編「幻想夢譚」に展開。Kindleダイレクトパブリッシングにアップしてありますので、アクセスしていただければ幸いです。

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第一話 Time in the bottle/瓶の底に落ちた時間

ギシギシと音を立てて時間が流れる地の果ての村、歯の抜けた口で老婆がフガフガと子どもたちに昔話を聴かせていました。 「昔むかし、太陽と月がそれぞれ壷と籠を持って地球を訪れました。太陽と月は地上の生き物すべてを招集して、壷か籠かどちらかを選んで地面に投げるように命じました。集まった生き物のなかに人間の女と蛇がいました。人間の女はどちらにするか暫く悩み、迷った挙句、壷を選んで投げました。蛇は一も二も無く、籠を選んで投げました。壷は大きな音を立てて壊れ、籠は壊れずに転がりました。こう

    • ユーモレスクⅧ

      ラッキーの罪深い嘘 ゴールデンウイークに家族でバリ島に旅行することになった。 「ねぇねあなた、どうするの」 心配なのは女房だけではなかった。 家族で一緒に出掛けるにあたって、解決しなければならない問題があった。女房と会社勤めしている娘のスケジュール調整や日程の遣り繰りではなかった。勿論、経費の問題でもなかった。愛犬ラッキーをその間どう面倒見るか、だった。 幸い、近所の動物病院に併設されたペットホテルにまだ空きがあった。 「ラッキー、大丈夫かしら」 女房はまだ心配顔だ。 八歳

      • 木村伊量の新作

        • ユーモレスクⅦ

          どれだけ歩き続ければ 「マナツノヨイ」 口に出してみた。口に出すとなおさらウンザリする。 「真夏の宵」と書けばロマンチックな話が展開しそうなものだけど、実際の真夏の宵ときたら、口に出すとこれはもう耐えられないほどだ。 その日も絵に描いたような真夏の宵だった。夜がそんなだから昼はその何倍も酷く、スッカリ疲れ果ててしまい、パタンとベッドに倒れこむと、そのままグウグウ寝入ってしまった。 窓を網戸にして、無駄なこととは思いつつ、外の涼気を少しでも部屋の中に取り込もうとした。

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        第一話 Time in the bottle/瓶の底に落ちた時間

          ユーモレスク Ⅵ

          犬に運び込まれた不幸 「おゃ」 おやつの袋がもう空っぽになっている。 「それにしてもよく食う奴だな」 いや、何も犬のおやつにケチをつけるつもりはない。よく食べるなら健康で、それに越したことはない。だがね、この犬、我が家の飼い犬ではないのだ。 「今度新しい営業所を広島に出すことになってね。その立ち上げから軌道に乗せるまでの指揮をトップから直々に仰せつかったんだ。三か月の間だけど短期出張って訳さ。せっかくのチャンスだよ。みすみす逃す手は無いさ。ここで成果を挙げておくとこの後に期

          ユーモレスク Ⅵ

          ユーモレスク Ⅴ

          パンのラビリンス その日、「そうそう、想い出した」。酷い暑さの一日だった。 「黒づくめが好くなかったかな」 汗をかけば多少は涼しくなったのかも知れない。だが、幸か不幸か鳥類は汗をかかない。その上黒一色なものだから、電柱の上に佇んでいると暑さは殊の外こたえた。 視線の先には路地が伸び、更に先には小さな広場が広がっていた。その広場に続く路傍に初老の男が佇んでいた。虚ろな眼差しの先に何かを視ているようでもあり、取り留めも無く広場の様子を探っているだけだったのかも知れない。 カラス

          ユーモレスク Ⅴ

          ユーモレスク Ⅳ

          いずれ悲しき宴 最初のうちは馬鹿にしていた。 「所詮、怖いもの見たささ」 だが、やってみると嵌まってしまった。 始めは日用雑貨からポツリポツリと注文してみた。それも値の張らないものばかり。送られてくるカードの支払明細も月額で大したことは無かった。 慣れとは恐ろしいものだ。アンティークものに関心が向くようになった頃からだった。一度眼を付けると離せなくなった。それでも当初はある程度の金額で自然とブレーキが掛かった。 「これ以上は今の自分には手に負えないな」 そう思う

          ユーモレスク Ⅳ

          ユーモレスク Ⅲ

          拾われたピストル 特に金に困っている訳ではなかった。親しくしている人から叱られたのでもなかった。前から想いを寄せている人に邪険にされたのでもなかった。 ただ、その日は曇り空で、とても空を見上げる気にはならなかったし、どちらかと云えば前を向いて肩で風を切って颯爽と闊歩する気分でも無かった。となると、視線はどうしたって足元に行きがちになる。それに、兎に角歩かなくてはならなかった。 ここ数日、私は何かに急かされるように歩いていた。朝、家を出ると陽が暮れるまで歩き続けた。誰かに此処

          ユーモレスク Ⅲ

          ユーモレスクⅡ

          後ろ姿のダンディ 「自分の背中は見えない」 勿論だ。 「人の背中はよく見える」 尤もだ。 「一度、自分の後ろ姿をこの眼でしかと見てみたい」 うむ。 見えないものほど見たいと思わせるものは無い。 そこで、合わせ鏡をしてみたり、三面鏡で映してみたりしたが、全く後ろ姿を見ることは叶わなかった。 眼が前に付いているのだから、物理的にしょうがないことだ。 「だが、何としても自分の後ろ姿を見てみた~い」 見えないと思えば思う程焦れ、見たいと云う想いは強くなる。 「別人になって背後に回り

          ユーモレスクⅡ

          ユーモレスク Ⅰ

          使いきれない金 芥子粒のような細かな点が頻りに跳び撥ねている。 首相は官邸の庭の芝生に集い踊る雀の姿を眺めながら、「そうか!」と膝を打ち、官房長官を呼んだ。 「君、好い考えが浮かんだよ」 「好いお考えとは?」 官房長官は、またいつもの思いつきで、首相がとんでもないことを言いだしはしないかとヒヤヒヤしていた。 「この不況を乗り切る打開策だよ。これなら間違いなしだ。何で今まで気づかなかったんだろう、私としたことが。グッドアイデアだよ、グッドアイデア!」 長引く不況

          ユーモレスク Ⅰ

          第百十話 あなただけコンニチワ

          「あなただけコンニチワ」 玄関先で妙な声がする。戸を開けてみると若い男がニコニコ笑って立っていた。 「コンニチワ」なら判るが「あなただけコンニチワ」とは一体どういうことなのか。 「実は私どもはですね、どちら様にでも声を掛けさせて頂いている訳ではございません。ある基準に基づいてあなた様だけにお声掛けさせて頂いているのです」 「その基準って?」 男は暫く俯いて、それから徐に顔を上げた。 「それはちょっとですね、ナイショと言いますか、機密と申しましょうか、公にできないのです。どうか

          第百十話 あなただけコンニチワ

          第百九話 星は何でも知っている

          「ズッズ~ン」大地を揺るがす轟音を残して碧空へと一本の銀色の矢が放たれた。地球の重力を脱したロケットから切り離されて周回軌道に乗った人工衛星は、地球を隈なく撮影し、その動画と静止画を地上に送ってきた。コンピュータによって画像処理された地球の姿は、その七割を占める目の覚める海の青さと浮かぶ雲の白さが織りなすコントラストによって、瑞々しい輝きを放っていた。誰もがその美しさに感嘆の声を挙げた。 一旦、地球の外に移した視点から地球を眺めることによって、一般大衆でさえ地動説を腹の底から

          第百九話 星は何でも知っている

          第百八話 Change

          私は小学生のとき、「将来、小説家になるんだ」と心に決めた。国語の教科書に載っていた芥川龍之介の「トロッコ」を読んで、いたく感動してしまったのだ。そのときの決心が早すぎたのか、そうでなかったのか、そもそも小説家になろうとしたことが間違っていたのか、そうでなかったのか、それは判らない。まだ判断を下すだけの材料が揃っていないのだ。もしかしたら判断を下すのが怖くて、避けているだけなのかも知れない。 小説家になると決心した私はそれなりの大学の文学部を卒業した。成績は必ずしも良くはなかっ

          第百八話 Change

          第百七話 プラナリアの焦れるほどの恋

          せせらぎの立てるリズミカルな音を聴きながらウトウトしていた。水面には柔らかい陽差しが照り、キラキラと薄い光の膜を舞わせている。初夏の朝の渓流は長閑そのものだった。流れてくる葉の裏をちょっと探れば、食事にもあり付ける。この世を極楽と云わずして何と云おう。 「あまりの退屈さに死にそうだ」 そんな懶惰な生活を送っていたP1は、ある日、有無をも言わせず拉致されてしまった。P1を拉致した奴等は揃って白衣を着込んでいた。連れていかれた先はクリーンルームと云う無味乾燥なことこの上ない部屋だ

          第百七話 プラナリアの焦れるほどの恋

          第百六話 饂飩殺人事件

          「私?」 私は街の片隅に小さな(つまり一人だけの)事務所を開いているしがない探偵。金銭的に潤うことなどめったに無いが、人様の与り知らぬ妙な話にありつけるのが役得と云えば役得だ。 「何? 覗き趣味などではないさ。職務上知り得た与太話ばかりだもの」 顧客への守秘義務は厳然とある。提供して頂いた個人情報を無暗に他言することなど、職業倫理上(そこまで堅いことは言わずとも)ベラベラと他言してしまっては、探偵稼業など務まるまい。 だが、この一件だけはどうしても広く知って欲しいとペンを執っ

          第百六話 饂飩殺人事件

          第百五話 ダーウィンに消された男

          その朝、CRDは分厚い郵便物を受け取った。朝から郵便物を受け取ることは別段珍しくはなかったが、分厚い郵便物が朝に届くのは初めてだった。 「それにしても分厚いな」 CRDはそれが本当に自分宛のものなのか、表書きを見た。確かにCRDと記されている。 「誰が一体?」 引っ繰り返して裏書を確かめた。 ARWと書かれている。 「誰だろう?」 その名前には見覚えが無かった。無かったが、「見知らぬ人がわざわざこんなに分厚い郵便物を送ってくることなどあるだろうか」と手当たり次第、頭の中の人名

          第百五話 ダーウィンに消された男