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【短編小説】ダイエットをしていたら、体重がマイナスに突入した

 ダイエットをするために断食生活を始めて100日が経った今日、ついに体重がマイナスに突入した。
 体重がマイナスになるとどうなるかというと、大変なことになる。体重計に乗ってマイナスの表示を見た瞬間、目の前が真っ白になり、体中のありとあらゆるものが反転するような感覚に襲われたのである。体重が3キロぐらいのときは、マイナスになったら空中に浮かべるかもなんて考えていたが、予想は外れてしまった。ああ残念、と思いながら僕は意識を失った。

 目を覚ますと、そこはベッドの上だった。横にはとても太った看護師さんがいる。

「あ、おはようございます」と僕。
「おはようございます。目を覚まされましたね」と看護師さん。

 随分とあっさりした返事だ。おそらく命に別状があるわけではないのだろう。少し安心。

「あの、ここは」
「ここは病院ですよ。ちょっと待ってくださいね。先生を呼んできます」と言って看護師さんは部屋の外に出て行ってしまう。

 2分ほどして太った先生が入ってくる。
「気分はどう?」
「そうですね、ただ寝て起きたような感じです。痛いとかダルいとかはありません」
「それは良かった。じゃあ退院していいよ」
「あ、はい」
 僕は言われるがままにベッドから起き上がり、部屋を後にし、病院を出た。

 外に出て辺りを見回すと、太った人たちがたくさんいた。みんなぷっくぷくである。
 あと、建物がお菓子でできている。ぜんぜん日本じゃない、というよりここは夢かもしれない。

 ほっぺをつねって真実を確かめようとしていると、通りすがりの太ったオジサンに声をかけられる。
「もしかして、ここに来たばかりかい?」
「えっ、あ、そうです」
「だよな。俺も最初は信じられなかったよ」
 昔を懐かしむような目で遠くを見つめるオジサン。

「一体、ここはどこなんですか?」
「ここはな、マイナスの世界だ」
「マイナスの世界?」
「君もダイエットしていたんだろう? そして体重がマイナスになった」
「はい、そのとおりです」
「ここは、体重がマイナスになった人が来る世界なんだ」
「なるほど」

 一つ疑問がある。
「見たところ太った人だらけですが、皆さんリバウンドしてしまったのですか?」
「ははは、リバウンドなんかするわけないだろう、俺たちは生粋のダイエッターだ」
「では、なぜ」
「言っただろ、マイナスの世界だって。ここでは瘦せると太るんだ」
「なるほど」
 分かったような分からないような。

「あと、なぜ建物がお菓子なのですか?」
「これはな、俺たちがダイエットするために捨ててきたものたちだ。もうちょっと行けば、唐揚げシティとかパスタ王国なんかがあるぞ」
「それって食べられるんですか?」
「ああ、食えるぞ。でも、食う奴なんかいねえ。食ったら太っちまう、ん? 痩せちまう? だろ」
「なるほど」
 なるほど、は便利な言葉だな。

 オジサンに別れを告げ、街を歩きながら考える。なんで僕はダイエットを始めたんだっけ。

 ……そうだ、モテたいからだ。——プラスの世界で。
 ふう、危ない危ない。

 そして僕は、地面(板チョコ)をはがして食べ始めた。

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