ふたりだけの世界Ⅱ

その日は彼の給料日だった

焼肉デートをする事になり駐車場に着いて彼がとった行動で初めて事の重大さに気づいた

トン、トン、トン

彼は人差し指でハンドルを三回叩いた

「え?何してんの」

笑いながら話かけると、彼はビクッとして

「しっ!!あぁダメだ......」

そう言って真剣な顔でハンドルを見つめてまたトントンし始めた

「ちょっと!冗談やめてよー!」

またら笑いながら、今度は彼の手を止めると

「ダメなんだよ、数字が揃ってる時に車が通った時に三回やらないと○○が離れちゃうから!!」

何を言ってるのか全く分からなかったが、彼が異常な事には直ぐに気がついた

何度聞いても訳分からない発言をしていたけど
車が何回か通り過ぎた後に、ゾロ目の時間にハンドルを三回叩かないと私が離れていくと説明していた。

彼の中でのジンクスで、これをしないとまた私に捨てられちゃうからと言った。

嫌味でも当てつけでも無い、彼は真剣にそれを続けた

この時私はゾッとして、別れたいと家から追い出すという行為がどれだけ彼を傷付けたかを知った

何がこれから良い関係をだ......

自分勝手すぎる自分を呪い、なるべく彼に合わせた

もう絶対に離れないからと何度言っても彼は会う度にソレを続けた

私も段々慣れてきて、「あ!通ったよ!」なんて知らせるくらい彼の不可解な行動を熟知していた

なるべく明るく振る舞い、いつか彼が戻る事を祈ったがソレはどんどんエスカレートした

さすがに怖くなって、心療内科を勧めると彼は素直に頷き治療をはじめた

鬱の友達が通ってる病院だし、きっと治る。

そう思い、責任を感じた私は毎回通院に付き合った

薬は強くなり、ハイな時と落ちる時の差がますます激しくなった

あのジンクスは意識的にやめて治ったけど
それと同時に彼の人格が徐々に変わっていった

それでも、なんか明るくなってよかったと思っていたら電話に出ない日がふえ、出てもあたふたしている

女の勘で、浮気だと思ってカマをかけると
彼はあっさりはいた。

職場の二十歳年上の女性といい感じだと言った

「どっちも好きなんだよね......選べない」

そう言う彼の言葉に、怒りと同時に何か解放されたように肩の荷がおりた

「じゃあ、もうその人と付き合いなよ」

「うん......」

そんなふうにして、五年のべったりした付き合いは
あっさり幕を閉じた。

どうしょうもないクズでも、好きだったのだ。

別れは喪失感でひどく悲しかったけど、彼の不可解な行動を見たり罪悪感に苦しむ事から解放され楽になったのも事実だった。

それから、ショップの仕事をしながら月に一度だけ
彼とご飯に行った

貸していたお金を少しづつ返して貰うために。

会う度に頬が痩せこけ、妙にハイテンションで楽しげに語る彼が徐々に気味悪く感じた

パチンコにもハマってるらしく、設定がどうたらこうたら延々と同じ話を繰り返していた

薬は飲んでるのかな......大丈夫なのかな

そんな心配もあったけど、もう別れてるしなるべく
ドライに話を聞いていた

八月の半ば、次の日は仕事仲間と海に行く約束をしているので今日はご飯なしでお金だけ受け取ると話していたのに、少しだけ付き合ってほしいと言われいつものファミレスに行った

何か様子がいつも以上におかしくて、その日はいつもに増してハイテンションだった

黙々とご飯を食べる私にポロっとこんな事を言った

「あーあ、車で突っ込んで事故でもおこそうかな」

なんで?と聞くと、俺が死ねばお金がはいるとか何とか訳分からぬ事を言っていた

「なんでそんなにお金ほしいの?」

一応話にのると、実はパチンコに負けて多額の借金がありお前に一万渡すのも厳しいと言った

そんな事になってるとは知らなかったけど、いならいとも言えず同情もできなかった

私はもう違う世界で楽しく生きてるし、何より明日は楽しみにしてた海に行く日だ

痩せこけた頬で、借金まみれの話をされても苦痛で
一刻も早く帰りたかった

「冗談じゃない!明日海なんだから、ちゃんと送り届けてよね?私が死んだらママ泣いちゃうし」

そんな冗談を言うと、どこか心ここに在らずで
ふわふわ宙に浮いたみたいな仕草でヘラヘラ笑った。

帰り道、私は助手席の車のシートを倒して携帯を眺めていた

明日の時間を確認しなきゃ

そう思った時、彼がボソッと呟いた

「わりぃ......」

顔をあげたら目の前にダンプが見えた

あ、ぶつかる

そう思ってからの数秒がスローモーションで
その数秒で、これマジで死ぬかも。明日海なのに......
と冷静に考えられるくらい本当にびっくりする程
ゆっくりした時間だった

その後、すごい圧に押しつぶされて何とも言えない圧迫感で息が苦しくて熱くなって

そこから記憶が途絶えた

目覚めたら病院にいて、意識が戻ると気が狂ったように数日恐怖で眠れなかった

薬でもやってるみたいに幻覚が見えたり誰かが殺しにくるみたいな恐怖に襲われた

携帯は跡形もなく粉々で、車は廃車になる大きな事故だったのに比較的軽い怪我で大事に至らずに済んだ

警察の人に
「通った事ある道ですか?」

と聞かれたので、ハイと答えた。

ファミレスに行く時必ず通る道だし、信号は確かあの時間には点滅に......

運転してない私でも点滅になる事が分かるくらい通り慣れた道で、その信号付近には警察車が見張ってる事が多々あり地元民の若い衆には
「とりあえずあそこは分かりやすく停止しないと」
そんな暗黙の了解の交差点だった

「ブレーキ痕が無かったので......」

スピードもそんなには出てなかったみたいだし
普通なら、咄嗟にブレーキを踏むんだけどなぁ......
よく生きてたね。

その時、思い出した。彼はぶつかる前、確実に

「わりい(悪い)」

そう言った......

その直前には事故でも起こそうかなと呟いていた。

たまたま偶然が重なった事故かもしれないし
もしくは初めから決めていたのかもしれない.....

幸い、ぶつかったのがダンプの後ろの方の側面だったらしくまだ良かったもののあと数秒早くて真ん中側面にぶつかっていたら......?

彼の親は謝りにも来なかった

「保険金もはいるし......お金大丈夫だから」

怖くなり彼とはあれきり会うのをやめた。

共依存による最悪な結末は、ふたりだけの世界を作りあげてしまったあの閉鎖的な日常から始まった

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