日記 20220310

なにか書かねば、と思う。


最近、なにも書けなくなった。
「書けなくなった」というとき、なにか書きたいのにうまくまとまらない、という状態が想起されるかもしれないが、僕のはそうではなく、「書きたいことがない」というか、もっと言えば、状態として「書く必要がない」ような気がする。それでもあえてこうやってなにか打ち込んでいるのは、僕がついこの間まで書くことをアイデンティティとしてきたがゆえに、なにか、起きてしまった変化をまだ受け入れないための策として、書いているのだと思う。

短歌のなにが面白かったのか、正直言って分からなくなっていて、困惑する。詠めない、ならともかく、読めないことのほうが正直こたえる。読んでも、意味だけが空疎に浮いていて、そこにあったはずの、息遣いみたいなものが、全く聞こえない。短歌という文芸は読み手と作り手が明確に分かれていないが、それは個人にも言えるのだろう。詠む、と、読むは、両輪なんだなと改めて思う。同時にできなくなってしまった。

なんでだろうと思うのだけど、短歌だけではなくて、もっと自分の、生きる、ということに関しての状態がそうさせているような気がしている。

人は物語を生きているんだ、と最近よく考えるようになった。

人が言葉を弄する時、決して人は言葉に対しての権力者ではない。むしろ、その人のおかれた状況が、その人になにか言わせているようなところがある。たとえば、社会的な文脈や、固有の歴史性のような。それを失ってしまえば、言葉を発するときの、ある種の角度が、確定できなくなるのではないか……。

物語を生きる、ということが、生命維持以上の次元での「生きる」ことなのだと思う。そういう物語が、たぶんいままでは、そうとは意識せずとも、あったから、なにか言葉にできていたんじゃないか。
ここで言う物語、とは、別に夢とか目標をもつとか、そういうものではない。うまく言えないのだが、「ここにいる私は、いままで生きてきた私と関係していて、これからもまた、その私の連続性は保たれていく、という感覚」とでもいえばいいだろうか。

「私とは何か」と考えると、それは「私という物語」ではないか、と思う。十分前の私と、今の私。五年前の私と、今の。そういう二点間を無関係のものとせず、結びつける力は、物語と呼んでいいように思う。

以前、山深いところにある食堂で、認知症のおばあちゃんを見たことがある。おばあちゃんは、そこで働いている。僕は湯呑にお茶のおかわりが欲しくて声をかけた。おばあちゃんは僕から湯呑を受け取り、ポットからそそいで、そのあと、それを他のテーブルの人の目の前に置いた。見ているとその後も同じようなことが繰り返され、食堂の湯呑はつぎつぎおばあちゃんによってシャッフルされていく。そのとき、大げさにいえば、社会というものがなにを基盤に成り立っているか、が解体されてしまったような気がした。つまり、この社会は、さっき湯呑を渡した自分と、今そこに座っている自分が、同じ私である、という、ある種の確かめようのない確信を全員が持つことによって、混乱が回避されているだけなのだ。記憶というあやふやでかたちのないものが、私を私たらしめる。

僕個人の話にもどると、私が私である、という感覚が、どんどんすべり落ちていくような感覚が、ここ数か月ほどでこれまでになく強くなってきている。それは、きっと月並みな、たとえば、自分に交友関係が少ないことや、仕事が単調であることなどが原因として考えられるだろうか。友人に会えば、(友人には記憶があるので)過去の私と、今の私を結びつけてコミュニケーションしてくれるだろうし、それによって私が私であることを、こちらも再確認することができる。また、仕事と言ったが(学生生活と比較しての仕事、というニュアンスをここではこめている)学生は、季節ごとにイベントがあるだけでなく、学年があり、卒業という終りがある。常に終りまでの距離を意識することによって、時間の流れを意識することができる環境だったと思う。ただ、いまの仕事は、(倒産やクビがない限りは)10年後、20年後もきっと同じように働いているだろうとしか思えない。永遠に続く今、というのは、過去や未来との断絶に近いような気がする。昨日も今日も、同じ今の広がりとして並列になっていて、それが無数に陳列棚にずらっと、ある。(あくまで感覚として)永遠に同じ今が続く場合、時間軸の二点間の私を私として結びつける物語は不要になるのではないか。

ここまで書いてみてなにが分かったというわけでもないが、とりあえずここまでとする。分からないなりに頑張って一首評でもすればよかったような気もするが、気持ち悪い文章も無いよりはあったほうがいいような気もする。

それではまた。



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