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#7: 相手の手番の時にどう考えるか

チェスの試合で、相手の手番の時は、何をどう考えるべきか?
重要ながら、文献や学習リソースは比較的少ないトピックです。

気になったので、3人のグランドマスターにいくつか質問してみました。

  1. モルトン(オーストラリア)[ウィキペディアユーチューブ]

  2. イアン・ロジャーズ(オーストラリア)[ウィキペディアX]

  3. レイモンド・ソング(台湾、元オーストラリア)[ウィキペディアインスタグラム]

(以下、拙訳)




1. 相手の手番の時に何を考えるべきか・どう考えるべきかについて、何かアドバイスはありますか?あなた自身、どんなアプローチを取ってきましたか?

モルトン:ポジションにもよるが、私は相手の一番強い手が何かを考えようとする。考えておけば、指されて驚くことはない。そして、白黒ともに、指してしまいそうなミスは何かも考える。この後者にいたってはなんでそうするのか分からないが、私の習慣の1つだ。

イアン:相手の手番の時は、ポジショナルに考えるべきだというソ連式のアプローチについては読んでいる。私は若い頃にすでに、ポジショナルチェスは時間の無駄だと理解したから🙂(のちに、この観点についていくつものレクチャーを行った)、相手の手番で相手が考えている時は、ボードから離れ、他のゲームを眺めている。

ボードに戻ると、ポジションを新鮮な眼で見ることができるから、新しいアイディアも見つけやすくなる。

レイモンド:相手の手番の時は、長期的なプランについて考えていることが多い。

・一番悪いピースは?
・どう改善すべき?
・それぞれのピースの理想的な配置は?
・相手はピースをどこに動かしそうか?
・双方にとってのポーンブレイクは、そしてブレイク後のポジションはどう評価するか?

相手の手番の時はよりストラテジックに考えることで、体力を温存している。ここでも全力で読もうとしていると、燃え尽きてしまう。もちろん、ポジションがとても激しいもので、1手の価値がとても大きい場合は例外だ。そういう時は、長期的な考え方はとりあえず保留して、具体的なバリエーションを計算することが必須となる。計算の深さも、どういうポジションかによる。しかし、私の経験上、ほとんどの試合ではいくつかの枝道を検証し、3手~5手の深さまで読み、評価を行うことで事足りる。

イラスト:いらすとや

2. 1971年に出版された「GMのように考えよう」で、コトブはボトビニクの言葉を引用しました:『私は基本的に、考え方を2つに分けている。相手の手番の時は全体について俯瞰し、自分の手番の時は具体的なバリエーションを計算する。』このアプローチについてどう思いますか?

モルトン:筋は通っていると思う。読む必要もないバリエーションを読みすぎても、疲れてしまう。相手の手番の時は、いくつかの大事なアイディアを探すので十分だ。かなり強制性の高い筋の場合は、より具体的に読むのも良いだろう。

イアン、レイモンド:問1の答えを参照。


3. ボトビニクは相手の手番の時も、自分の手番の時も集中することを勧めた反面、スミスロフは「相手の手番の時はボードから離れて歩くと良い。思考を助けてくれる」と言いました。あなたはボードにずっと座る派、それとも歩き回る派?単に、人それぞれ、合うアプローチを見つければいいのでしょうか?

モルトン:ポジションがそれほどクリティカルでなく、相手がいくつもの指せそうな選択肢を持っている時は、タクティクスがないか確認をしたり、良さそうなアイディアはないか考えたりする。歩き回っていることもある。しかし、強制性の高いポジションや、クリティカルなポジションの時はボードに向かってずっと集中しているだろう。

イアン:人それぞれだが、15歳~16歳の時のアナンドの圧倒的な指し手の速さは、相手の手番の時に次の自分の手をすでに読んでいるからなんだなと気づいた。言い換えれば、彼はボトビニクのアドバイスの逆を行っていた。ボトビニクは、自分の手番と相手の手番、両方のケースにおいてプレイヤーは考えるべきだと勧めていたが、アナンドはほぼ相手の手番の時だけだった!

レイモンド:これは本当に人それぞれだと思う。レートが高ければ、ボードに居座ることで相手に心理的なプレッシャーを与えられると聞いたことはある。例えば、私の手番で考えている時にカスパロフのような相手が自分のことをガン見していたらおののいてしまうだろう。彼が毎回、手を指すたびにボードから離れている場合と比べると、手の質が落ちてしまいそうだ。しかし、個人的には相手にこの効果を与えることは考えていない。体力を温存するために、私はボードから離れることが多い。そして、歩いている間は、試合のことは考えていないことのほうが多い。考えられないのではなく、考えるんだったらボードでしたいからだ。歩き回っているのなら、それは少し休み、リフレッシュしてからボードに戻ろうと考えている。


4. 相手の手番の時に起こった、印象に残ったエピソードや、相手の手番の時に思いついたりした面白いことはありますか?

モルトン:これといったことはないが、以前は試合中に、自分と脳内で会話することがあった。余興として、相手の手を当てようとしたりして。ある試合はとても満足に感じた。勝ったり、良いチェスが指せたりしたからではなく、相手の指すほぼ全ての手を予想できていたからだった。もちろん、事前にこのプレイヤーのことを知っていたのも大きかったかもしれない。にしても、指すオープニング、バリエーション、ポーンの手やサクリファイスまで予想できていたからとても楽しめた。
(著者:このプレイヤーは私のことかと聞くと、違うけど、その質問が来ると予想していたと返されました。やられた…)

イアン:2018年のバトゥミ・オリンピアードで、ジャン・グエン(著者注釈:オーストラリアの女子代表プレイヤー)は試合中に歩き回り、他の試合をチェックしてからボードに戻ると、アービターから警告を受けた。このオリンピアードではトイレに行く場合、アービターにまず伝える必要があった。無断でトイレに行き、エンジン不正していたかもしれないと彼女は叱られてしまった!

1975年から1976年にかけて行われた、全豪リザーブズ選手権であるプレイヤーは、相手がボードから離れている隙を見計らって、相手の棋譜用紙にも手を記入し、署名し、3度同立ポジションでドローだったと提出した!

試合中に歩き回っていると、いろんなメリットがある。1991年のティルブルグの大会で、カスパロフはボードを睨みながら深く集中していて、相手のカムスキーは歩き回っていた。丁度、カスパロフの奥さんがアービターを介して、お茶・コーヒーエリアにガルリのためにチョコを置いたところだったんだが、カムスキーがこれを発見し、チョコを食べ始めてしまった。カスパロフの奥さんは、ガルリのチョコがみるみる消えていくのを悲しい目で追うことしかできなかった。(奇遇にも、この年はカムスキーが、オレンジジュースに何か毒を盛られたとカスパロフを告発した年でもある)


5. 他に、このトピックについてチェスコミュニティに共有したいことはありますか?

モルトン:プレイヤーは1人1人違うから、相手の手番の時、あなたにとって一番合うアプローチは何か検証するといいだろう。相手が何を指すか、予想はしたいものの、起こりもしないバリエーションを読みすぎて疲れてしまってもいけない。

イアン:用心しよう。歩き回っていると、時計を押し忘れていたことに(または、故障している時計の場合、試合前から時間が減っていることに)気づかないこともある。そして、相手が手を指したあとに、それを撤回するのも見逃してしまうかもしれない!

アレクサンドル・モイセンコ (2640)–エーサン・ガエム・マガミ (2552)
マン島オープン (5回戦), 2004年9月29日

この試合は、オープニングからドロー濃厚だったが、ガエム・マガミのここまでの2つのドローオファーをモイセンコが拒否していたのは妥当だろう。しかし、ここでガエムがボードから離れ、歩き回っている間にとんでもないことが起こった。

31.Rc3??

この手を指し、時計を押したあと、モイセンコはあたかも冷静に時計を押し戻し、ルークをc5に動かし、また時計を押した。ガエムは何も見ていなかったが、幸運にも、一部始終を見ていて驚愕したアルミラ・スクリプチェンコはアービターに報告した。独特のディフェンスを用いて、モイセンコはRc5と棋譜用紙に書き込んでいたから、この手を指すのを許されるべきだと弁明した。彼の要望はもちろん却下され、試合は瞬く間に終わった。

31…Rbxb7! 32.cxb7 Rxc3+ 33.Kd4 Bxb7 0-1

16年経っても、まだチェスの話をしている。
2007年、シンガポールでの世界ユースU/16オリンピアードより、左から:ジーゲン・ウィルソン・リン、私、モルトン、GM マックス・イリングワース、レイモンドイアン

相手の手番の時、あなたはその時間を満足に使えていますか?
3人のGMの答えを振り返ってみると:

  • 相手の手番の時、あなたはどんなことを考えているか認識しよう

  • あなたのプレイスタイルやスタミナ面に合うアプローチを考えよう

  • ボードに座って何時間も集中できるようなプレイヤーでない限り、疲れすぎないように、たまにはボードから離れ、歩き回るのは健全でしょう。しかし、怠惰のせいで毎回ボードから離れるのはやめよう。相手が何を考えていて、相手の手に対してどう返せるか考えるのは大事なスキル。個人的に、私が時間を使いすぎてしまうのも、相手の手番の時の時間をうまく活用できていないのが1つの要素だと思います。相手の手番の時に、どういうことを考えているのかを意識的に追ってみたところ、あまり深く集中していなく、上記のアナンドがしていたように、本気で読んだりはうまくできていないと気づきました。

質問に答えてくれた3人のグランドマスターに感謝。良かったら、

をチェックしてみてください。

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