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芸能事務所に求められる変化とは

はじめに

 2023年は日本の芸能界にとって波乱の多い年となった。ジャニーズ事務所は経営体制の変更を余儀なくされ、宝塚歌劇団の問題もまだ記憶に新しい。ジャニーズ事務所の問題はこれまでとは次元の異なるものだったが、とはいえここ数年、所属タレントの独立や個人事務所設立などの話題は確実に増えていて、思い起こせば2019年には吉本興業の騒動などもあった。芸能事務所はこれまでと同様の体制のままでは存続が難しくなっているのだろうか。

芸能事務所を取り巻く環境の変化

「メディアの王様」の門番として

 芸能事務所は、昨今、大きな環境変化に晒されているように見える。最も影響が大きいと考えられるのが、メディアの環境変化だ。中でもテレビの影響力低下が芸能事務所のビジネスに与えている影響は大きい。

 元々芸能事務所の果たす役割の中で、テレビの露出面(いわゆる「出目」)を確保することは大きかった。しかし近年、インターネットの発展や様々な娯楽が充実する中で、視聴者のテレビ離れは進んでいる。HUT(総世帯視聴率)は1998年度下期の45.7%から、2022年下期では32.4%まで下がり、若年層ではインターネットの視聴時間がテレビを逆転するなど、テレビはかつてのような「メディアの王様」では無くなってしまった。

 結果として、タレント目線で見ると、「売れる」ためにこれまではテレビへの露出が成功の鍵だったが、今は事情が変わってきた。そうした変化は、テレビのゲートキーパー的な役割を果たしてきた芸能事務所の影響力を弱めることになってしまった。

「ダイヤの原石」の採掘者として

 なお、テレビに代わって台頭したメディアはYouTubeやInstagram、TikTokといった、インターネットのプラットフォームだ。こうしたメディアは個人が主役であり、これまでのマスメディアに対して個人の「メディア化」とも捉えられる。

 個人の力=タレントの力が強まることは、芸能事務所にとって良いことのようにも思えるが、事態はそう単純ではない。芸能事務所は今のところ、この領域でどう付加価値を出していくのか、攻めあぐねているように見える。例えば、YouTube上で人気になったあるYouTuberがいたとして、芸能事務所に所属するメリットをどれだけ感じるか?などと考えてみるとわかりやすい。

 さらに、こうしたSNSなどのプラットフォームの台頭は、タレントの発掘(ソーシング)の面でも、芸能事務所の影響力を低下させている可能性がある。現在も原宿の街角などで声をかけるなど、昔ながらの方法でのタレントの「原石」発掘を強みの源泉としている芸能事務所は多くあると聞く。確かにそうした方法は無くなりはしないと思うが、方法は多様化している。実際、レコード会社などはTikTokなどのSNSからの発掘にも力を入れるようになってきている。こうしたバリューチェーンの上流部分も課題だ。

スキャンダルの増加も偶然ではない

 最後に「個人の時代の到来」という、これらの変化の根底を流れるより根源的な変化についても触れておきたい。インターネット技術の発展によりSNSが台頭してきたことについては既に触れたが、そもそもそれに限らず、個人がそれぞれの嗜好に合わせて、より主体的にコンテンツや商品を選択していくことが当たり前となってきている。

 このことは、間接的にだが、より広範に芸能事務所のビジネスモデルに影響を与えていると思われる。例えば近年スキャンダルの割合が増えたことなども、「スポンサー企業と消費者の間の関係の変化」と捉えると、その一例と言えるだろう。CM出演などによって生じる企業との契約料は芸能事務所の収入の中で大きな部分を占めていて、影響は大きい。

 このように、ざっと見ただけでも芸能事務所を取り巻く環境の変化は、バリューチェーンの上流から下流まで、事務所のビジネスモデルに非常に大きな影響を与えている。表面的な現象の変化としては、確かに、管理すべきメディアが増えてマネージャーの仕事が増えたから現場が回らないとか、やっと売れたタレントが卒業して投資回収ができないとか、スキャンダルの頻度が増えて育成が割に合わないという現象が起きているのかもしれない。しかし、影響範囲の大きさを見るに、付け焼刃的な対応でどうにかなる話ではない。より根本的なビジネスモデルの変化が求められていると考えられる。

これからの芸能事務所の姿とは

 これからの日本の芸能事務所の「あるべき姿」というものは、正解がある話ではない。とはいえ、エンタメ先進国であるアメリカと韓国を例に取って見てみることは参考になるはずだ。

アメリカの「エージェント」モデル

 例えばアメリカでは「エージェント型」が芸能事務所の主流になっている。アメリカのタレントは個人事業主としてマネージャーエージェントと契約をする。マネージャーはスケジュール管理等のマネジメントを行い、エージェントが出演交渉や契約をするという具合だ。そのほかに弁護士やPR担当者、マーケターなどへの支払いもタレントの側から行っている。

 こうした商流は、芸能事務所がこうした費用を全て負担する日本とは対照的だ。日本では事務所が「エージェント」「マネジメント」のほか、コンテンツを企画制作する「プロダクション」機能も担っている場合が多い。

 ただし勿論、日米では収入の流れも異なる。日本ではクライアントから支払われたギャラ(出演料や契約料)は事務所を通してタレントに支払われるが、アメリカでは逆にタレントからマネージャーやエージェンシーに対してギャラの10〜20%を報酬として支払う形となる。

 「エージェント型」ではあくまでタレントとエージェントが双方の利害によって成り立っており、タレントがエージェンシーを移籍することも珍しくない。例えば、『ハリーポッター』シリーズで有名なエマ・ワトソンは2016年12月にWMEからCAAへ大手エージェンシー間を移籍している。ハリウッドでは「お世話になった事務所に対する恩返し」というよりも、現時点で自分にとってのベストなエージェンシーと組んで自らの(自分たちチームの)ゴールを達成するという感覚の方が一般的なのだと思われる。

 タレントが事務所の「商品」であるという考え方は存在しておらず、むしろタレントが主体となってチームを作り上げるという、どちらかといえば「経営者」に近い考え方が要求される。日本でもさすがに最近は「商品」という表現は減ったかもしれないが、どちらかというと「サラリーマン」「終身雇用」に近いモデルとなっている。

韓国の「上場」モデル

 一方で韓国はどうだろうか。(なお、芸能の分野では最近はすっかり韓国が日本に先行しているという見方が大勢を占めているかと思う。2023年の紅白歌合戦ではK-POP系グループが過去最多の6組(日本人グループ含む)出演するそうだ)

 韓国の場合、商流は日本と同様で、どちらかというと力関係も事務所優位である。ただし、日本よりも上場している芸能事務所が多いのが特徴だ。日本の場合、エイベックスとアミューズを除き、非上場の事務所が多い。韓国は3大芸能事務所(SMエンターテインメント・YG・JYP)の他、HYBEなども上場している。

 上場している韓国の芸能事務所は、投資家から預かった資金をより戦略的に投下する必要がある。KPOPのアーティストのMV制作費は最近は億円規模にのぼると言われ、また、デビュー前の「練習生」にも数千万円単位の投資を行う。50名の練習生を抱える大手の子会社の場合でレッスン料など「年間2億円以上」をかけているという記事もある。

 日本の事務所が宣伝や育成に積極的でないというわけではないが、日本の場合はより労働集約的で、韓国の方がより資本集約性が高いように見える。

 (もちろん上場はメリットばかりではなく、「BIGBANG」の元メンバーが買春斡旋容疑で逮捕された際にはYGエンターテインメントの株が最安値まで売られたり、HYBEはBTSの活動休止が懸念された際に株価が一時28%も下がったりなど、通常の企業株にはない値動きで企業価値が変動してしまう面もある。)

共通点は「投資」の考え方

 アメリカと韓国のビジネスモデルは一見、正反対に見える。ただ、日本と比べて両者に共通するのは「投資」に対する積極的な考え方だ。
 日本も韓国も、事務所にとってタレントは「商品」かもしれないが、韓国の方が事務所が「メーカー」として研究開発宣伝に資金面でも深くコミットしている。
 タレントの側が各方面の専門家を雇う形となっているアメリカの場合、主体は異なるが、エージェントや広報、マーケティングの専門家らにタレント自身がお金を払っている分、自身の将来の価値づくりのために投資は必要というスタンスは同様と言える。

日本の芸能界はどうなるか

騒動の行く末は・・・?

 2023年のジャニーズ事務所や宝塚歌劇団の問題において、重視されているのは主にガバナンスコンプライアンスである。もちろんまずは法律や憲法で保障されている人権が守られることなどは最低限必要なことだが、今後の生き残りのためには必要十分とはいえない。できれば日本の芸能事務所には、今回のような問題をよいきっかけとしてビジネスモデルの転換・進化というところへと繋げてほしいところだ。

 俳優やアーティストといった芸能の分野では、グローバルな競争においてアメリカや韓国に押され気味だ。(今年も年末のこの時期に大谷選手に注目が集まっているが、スポーツ選手はまだ健闘しているほうかもしれない。)タレントも芸能事務所も、今後はネットフリックスなどの配信プラットフォームの普及によって、よりグローバルな競争にさらされる。その時に、業界内の綱引きや身内のゴタゴタに力を奪われていては圧倒的に不利になってしまうだろう。

 様々な騒動の結末として、タレントが事務所から独立する、という結末を迎えることも多いが、その場合も順風満帆とはいっていない。独立した後は、目の前の現金獲得を追いすぎず将来に向けた再投資をタレント自身で行っていく必要があるが、個人で行うには難易度が高い「茨の道」となっている。

日本の芸能事務所の戦略は

 本稿では、アメリカと韓国の事例を紹介したが、タレント個人が自身のキャリアを自らプロデュースし、ビジネス面でも自立して収支を管理する必要があるアメリカのようなエージェント型はハードルが高いかもしれない。そのため、どちらかというと日本の芸能事務所は韓国のような形をとるのが現実的と思われる。

 ひとつのわかりやすい形として韓国のように上場するのも良いが、もちろん、上場したからといって資本集約的になれるというわけではないことはスタートアップと同様である。(スタートアップもしばしば「上場ゴール」が批判される。また、上場ゴールで無かったとしても、UUUM社のように上場を廃止する場合もある)肝心なのは、投資家から集めた資金をどう有効な領域に再投資できるのか、ということになる。

 投資対象となる領域は、基本は発掘、育成、宣伝といった上流から中流にかけての領域となるだろう。ここでいう「宣伝」は、売るための宣伝とは別で、ブランドなど価値創造のためのものを指す。体力がある事務所はそれに加えてファンクラブ運営やグッズ制作などより下流に近い領域にも投資を広げていく。

 日本の芸能事務所でも事務所によってはスクールを設けているところもあるが、育成よりも「ワナビー」層からレッスン費としてお金を取ることがメインになってしまってたり、場合によっては「(有名タレントと並んで)所属できること」そのものをマネタイズしていたりする。これらは投資とは真逆の方向で、資産を削ってお金に変えている。

 元々は、タレント側からは「この事務所に所属すれば売れる」、テレビの側からは「この事務所に頼めば、これから売れるタレントを出してもらえる」という存在だった芸能事務所。「投資する」機能を整理して強化することで元々の提供価値に立ち戻り、デジタル化時代にも存在感を増して行ってほしい。

おわりに

 本稿では、芸能事務所を取り巻く環境変化と、日本の芸能事務所の今後の可能性について述べてきました。外野から勝手を言ってる面も多いと思いますが、業界へのエールとしてご容赦いただけたら幸いです。また、自分自身も主体的に貢献できるよう頑張りたいと思います。
 なお、芸能界というのはかなり特殊な業界ではありますが、デジタル化がもたらす環境変化の特徴と対応の方向性という意味では、他の様々な業界の方にも参考にしていただけたら幸いです。

(文/池上真之、A.I.)

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