見出し画像

【イケモミ】歩美様①


「主人のことは尊敬しているし、とても大切に思っているの」


そう言う歩美様は、誕生日にご主人から贈って貰ったというハンカチを見せてくれた。

結婚してから数年が経った今でも、子供が眠った後にワインを飲み交わすらしい。

老後もこうして仲良くやろうね、そう主人から言われたと話す歩美様は、とても幸せそうな表情をしていた。


「それは大変、素晴らしいことだと思います」


ボクは初対面である歩美様の肩を揉み解しながら、その華奢な背中に向かって言葉を投げる。

しかし歩美様は突然“キッ”とした表情で振り返り「適当なこと、言わないでよ」と口を尖らせた。

思っても見なかった歩美様の返答に意表を突かれ、ボクは続ける言葉を見失った。


「なにも知らないくせに」そう言うと歩美様はぷぃっと顔を背ける。


「…」


女心を理解できる日は遠いなぁと、空を仰ぎながら「すいません」と口を紡ぐ。気まずい沈黙が代々木店の一室に横たわるなか、今まで培ってきた経験が“今は喋る時じゃない”とボクに警報を鳴らした。

そして特に会話をする事も無く「次はうつ伏せでお願いします」「力加減はいかがでしょうか」「オイルお付け致します」と他人行儀な施術を続けていると、歩美様はしびれを切らしたように「さっきの話してもいい?」と弱々しく声を発した。


「もちろん、どうぞ」と返す。


歩美様はうつ伏せの状態で、顔だけをこちらに向けた。


「…あの人、浮気しているの」


「浮気、ですか」


「うん、私にはバレてないと思っているらしいけど」


なんでも歩美様のご主人は、外資系企業に勤める「デキる仕事人」とのこと。格好良くて仕事も出来る為か、近寄ってくる女性は後を絶たないらしい。


「それでも最後は、ちゃんと戻ってくるって分かってるから、私は全然平気なんだけどね」


「そうだったんですか」


「うん、だけどやられっぱなしも悔しいから、私も遊んじゃおーって」


「なるほどですね」


それはとても愉快だと思います。そう続けると歩美様は「適当言ってんじゃねーよ」と言って笑った。

いつの間にか、ボクと歩美様の距離は少しだけ縮まっていたようだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?