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殺し屋の殺し屋

雑居ビルの6階。壊れかけたドアノブを回し、中に入る。
そこは安っぽいミラーボールに照らされたBAR「バレット」。
隅の薄暗いカウンター席で肩を寄せ合い、ひそひそ話をしているのは、「殺し屋連合」第4支部の2人。
2人にはそれぞれ悩みがあった。

まずスーツがはち切れんばかりの筋肉隆々なナイスガイ「アメフト」。
「アメフト」は名門アメフト部のエースで、その殺人タックルに選手生命を断たれた者は数知らず。だったら本当の生命も断つことも容易だと安易に考えた「殺し屋連合」は、彼をスカウト。多額の入団金に目がくらんだ「アメフト」は殺し屋としてデビュー。
しかしチームを日本一に導いた殺人タックルは、死に至らしめるには至らず、複雑骨折で入院させることが限界だった。
結局殺すときは銃を使い、平凡な殺し屋として生活する毎日。
かつて脚光を浴びた彼も、今やなるべく目立たない生活をしなければならず、どうにか殺し屋の中でも注目を浴びたいと願っていた。

隣に座るのは、細身の塩顔で好青年風の「トキメキ」。
結婚詐欺師として、何人もの女性から金銭をだまし取っていた彼は、ある日街を歩いていると、毛皮のコートを羽織ったゴージャスな出で立ちの女性を目にする。いつもの様に偶然の出会いを積み重ねて、相手に「この人とは何かあるんじゃないか」と思わせ、心を許させる。スムーズな逢瀬を重ね、彼女をホテルに誘い込む。美しいその女性を手にしたと、まさにトキメキを感じ、部屋の扉を開けると、そこにはスーツ姿の男たち。「ここで殺されるか、それとも誰かを殺すか、選べ」騙されていたのは、「トキメキ」の方だった。「アメフト」と同じく「殺し屋連合」に半ば強引にスカウトされた「トキメキ」は、女を手玉にとるテクニックを使い、爽やかなその容姿を血で染めることになる。騙すことは容易でも、実際に人を殺すことはかなりの精神的苦痛が強いられ、「トキメキ」は心が壊れそうになっていた。家の近くのスーパーの店員の女性、「まさみ」の笑顔はそんな「トキメキ」に安心感を与え、心にあたたかい栄養を与えてくれた。「トキメキ」は初めて、女性を騙すことなく一緒にいたいと思った。そして殺し屋として決してしてはならない、結婚をしてしまう。騙したくはないと思いながらも、自分が殺し屋だということはさすがに言い出せず、営業の仕事と嘘をつく。彼女のお腹が大きくなってきたのは、2ヶ月ほど前だった。「トキメキ」は、子供ができる前に殺し屋から足を洗おうと決意した。

さて、BAR「バレット」は「殺し屋連合」のメンバーの行きつけのお店であり、いつもは何十人もの殺し屋が仕事終わりに来て、夜が明けるまで飲み明かしていた。が、今日は怖いくらい静まり返っていて、客も「アメフト」と「トキメキ」の二人だけである。

「おい、23時集合で間違いないよな、今日のミーティング」アメフトが尋ねる。

「そのはずだよ。ただ『アイス』さんや『木材』に連絡しても全然繋がらない」トキメキは、震えながらすでに空になったグラスを手にとる。

「やっぱり、例の『殺し屋の殺し屋』に殺されたんじゃ」

「まさか。『殺し屋連合』を、しかも何十人を一人で殺すなんてそんなことができるわけがない」

「やっぱり俺、辞めるよ、殺し屋。いい機会だ。殺される前に逃げる」

「逃げてもダメだよ。『殺し屋連合』から逃げ切れるわけがない」

「いや『殺し屋の殺し屋』がいる。あいつに『殺し屋連合』を全員殺してもらえば」

「俺らも殺されるだろ」「そしたら最後の仕事だ。俺ら二人で、『殺し屋の殺し屋』を殺す」

殺される前に殺す。
ミイラ取りがミイラにならないよう、ミイラ取りをミイラにしなければならない。

2人が「殺し屋の殺し屋」の殺しの計画を立てようとしたそのとき、ドアが勢いよく開いた。ドアノブは彼らの未来を暗示するかのように、無残に引きちぎられていた。


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