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書籍レビュー『樽とタタン』中島京子(2018)古い記憶は脚色されるリアリティー



たまたま手にした本を読んでみた

年末年始にブックオフで
「本おみくじ」
というものがあり、
買ってみました。

箱に1冊の本が入っていて、
中身はわかりません。

私が買った箱の中から
出てきたのがこの一冊でした。

まったく知らない作家さんですし、
たぶん、こんな機会でもなければ、
手に取ることもなかった本です。

しかし、これがおもしろかったので、
紹介させてください。

本作の主人公は
小学生の女の子です。

女の子は、学校が終わると、
小さな喫茶店に行きます。

両親が共働きなので、
喫茶店で預かって
もらっているのです。

本作では主人公の女の子が
この時代に体験したことが
連作短編として
描かれています。

子どもから見た
喫茶店の人間模様

喫茶店では女の子は
「タタン」と呼ばれていました。

喫茶店の常連の一人である
老小説家の男性がつけた、
あだ名です。

タタンは喫茶店に入ると
いつも店内に置かれていた
樽の中にいました。

そんなこともあって、
本作のタイトルは
「樽とタタン」になっています。
(表紙もかわいい)

喫茶店には、
無口なマスターと、
先ほど出てきた老小説家のほかに、

神主、歌舞伎役者、
科学者の「バヤイ」などが
メインキャラとして
登場します。

タタンはこの大人たちに
囲まれながら、
喫茶店で過ごしていました。

ある時は、そこに
出版社の女性編集者がきたり、
見知らぬ女性が入ってきたり、
マスターの甥っ子がきたり、

いつもの人物とは違う、
「ゲストキャラ」のような
人物も登場し、

いつもの喫茶店とは異なる、
さまざまな化学変化を見せます。

その変化が、
ゲストキャラによって、
それぞれに異なっているからこそ、

本作は最後まで飽きさせない
連作短編なっているのです。

古い記憶は脚色される
リアリティー

本作を読んでいて秀逸に感じた点は
三つあります。

一つめは、この物語が
大人になった主人公が
数十年前の自分を振り返って
書いているところです。

記憶と言うのは、
不思議なもので、

年数が経つと薄れる記憶もあれば、
逆に色が鮮やかになる記憶も
あるように思います。

それゆえに、本作では、
「わたしの記憶が
 脚色しているのかもしれないが」

というような前置きが
よく出てくるんですよね。

みなさんにも、
そういう記憶はないでしょうか。

普段は自分の記憶
と思っていても、

実際には自分の記憶なのか、
親などから聴いた話なのか、
どちらかわからなくなる記憶です。

人間の記憶なんてものは、
あいまいなもので、
こういうことはよくあります。

そういう部分を丁寧に
表現に組み込んでいるからこそ、
本作の物語には
リアリティーが感じられるのです。

二つめに秀逸だと思ったのは、
本作の全体の構成です。

本作には全部で9つの
短編が収録されています。

時系列でいえば、
4つめに収録された短編が
先頭になるのですが、

敢えて4つめに
収録されているんですよね。

この短編ではタタンが
喫茶店に行くようになる前、
(小学校に入る前)

おばあちゃんと一緒にいた頃の
話が描かれています。

ここで読者は本作の舞台が
「喫茶店じゃないんだ」
と違和感を持つでしょう。

しかし、この短編を最後まで読むと、
喫茶店とのつながりが出てきて、

おばあちゃんがタタンと
喫茶店をつなげたことが
わかるのです。

つまり、このエピソードは
前日談とも言うべき
内容なのですが、

敢えて、中盤に収録しています。

こういう構成は、すごく大事です。

時系列順に話を聞かせるのが、
定石で親切かもしれませんが、
退屈に感じる場合もあります。

特に、この連作短編でいえば、
この話は中盤以降に
持ってくるべき話なんですよね。

あくまでもこの連作短編は
喫茶店がメインの舞台ですから、

まずは、喫茶店がどんなところで、
タタンがそこでどう過ごしているのか、
読者に興味を持ってもらい、

そこで掴まれた読者こそが、
その前日談に興味を
持つはずなのです。

プロが書いた本なのだから、
当たり前といえば
当たり前ですが、

こういう構成がいかに大切か、
というのを伝えたかったので、
敢えて書いてみました。

最後に、本作が秀逸だと
思った三つめの点です。

本作には一応、時代設定があり、

作中で若者がウォークマンを使っていて、
それが発売されたばかりの
新商品として描かれています。

時代背景がわかる世代の人であれば、
それが'70年代の終わりと、
わかるでしょう。

(初代ウォークマンが
 発売されたのは’79年)

しかし、本作は時代背景を
強調し過ぎないんですね。

その時代のことを
知らない人が読んでも、

なんとなく「昔の話」だ
というはわかる程度にとどめて、
細かくは描写しません。

でも、その時代を知っている人には
「懐かしい」感じがするでしょう。

本作に見られる
その辺のさじ加減が
絶妙なラインに感じました。

こういった特定の時代を
象徴するようなアイテムを
てんこ盛りにしても、

なかなかおもしろい
作品になりますし、
私などはそういう作品が
大好きだったりもするのですが、

そういう知識がない人にとっては、
どうでもいい話というか、
物語の本質から逸脱した
要素に感じられるかもしれません。

主人公が子どもの頃の記憶、
という設定のせいも
あるかもしれませんが、

本作は古い時代の話でありながら、
時代性はそれほど
強く打ち出していないんですよね。

そういう点で、本作は
'70~'80年代を知らない
世代の人が読んでも、
無理なく楽しめる作品になっています。

読者を選ばない描き方が
とてもいい感じでした。


【作品情報】
初出:2018年
   (文庫版 2020年)
著者:中島京子
出版社:新潮社

【著者について】
'64年、東京都生まれ。
’03年、『FUTON』で作家デビュー。
代表作『小さいおうち』(’10)
『かたづの!』(’14)
『長いお別れ』(’15)など。

【同じ著者の作品】

『小さいおうち』
(2010)
『かたづの!』
(2014)
『長いお別れ』
(2015)

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