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その人の立場になるのではなく、その人になりきる

よく、その人の立場になって考えなさいと言われることがあるかと思います。

ぼくもおさないころ、親から言われていた記憶があります。働き出してからも、お客様の立場に立って考えなさい、社長の立場になって考える、だとか結婚してからも、嫁の立場になって考えなさい、とさまざまな立場になって考えることを言われていたように思います。

落語は、一人で二役、三役と複数人の役をこなす芸です。登場人物の役になりきって話を展開していきます。

このとき、登場人物の立場になって話しするわけではありません。登場人物の立ち場になっても、演者である僕が登場人物になるわけではないのです。

演者が登場人物になるから、お客さんには噺の内容がわかるのであり、登場人物の立場を示されても、お客さんにはなんのこっちゃわかりません。

ぼくは、今、ある仮説をもっています。先だって、傾聴”裏”稼業研究会で1on1を行ったとき、興味深いキーワードがクライアントさんから出てきました。

そのキーワードを元にクライアントが行いたい研修プログラムを構築する元ネタを抽出することができました。

研修プログラムの内容はこれから煮詰めていかれるのですが、なぜかネーミングだけ決まりました。

その名も【落語ワーク】

いや~、ベタなネーミングだけども、おそらく研修受けられる方々にはしっくりすると思います。

その1on1の対話から、僕の中での仮説が生まれてきました。せっかくなのでnoteメンバーシップの特撰記事で深掘りしていきます。

もし刺さる根多でしたら、木戸銭歓迎です。寄席代にして、さらなる刺さる根多を仕入れてきます。