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登壇後記 - なぜアーリーステージのスタートアップが DEI に取り組むのか

昨日 2023年11月27日(月)に開催された bgrass株式会社 主催のイベント『【ノーベル経済学賞で話題】なぜ男女の賃金格差はこんなに大きいのか?IT業界のジェンダーギャップを考えよう!』にパネルディスカッションのパネラーの一人として登壇する機会を頂戴し、無事イベントが開催されましたので登壇後記をしたためます。

既に終了しているイベントですが、概要は下記のイベント募集ページをご覧ください。

主催及び登壇者について簡単に。イベントの主催者 bgrass株式会社はテック業界の女性やマイノリティをエンパワーすることをミッションに活動されているスタートアップです。ジャーナリストの浜田さんは企業とダイバーシティの専門家、NPO法人 Waffle の田中さんは、テクノロジー分野のジェンダーギャップの解消に向けて精力的に活動されている方です。そんな社会課題の最前線のいらっしゃる方々とともに登壇の機会をいただけたことはとてもよい経験だったのですが、なぜ Awarefy(ないし僕)が?という点について、当日話しきれなかったこともありますので、はじめに少し整理してお伝えしておきたいと思います。

会社は公器

僕が取締役CTOを務めている株式会社Awarefy(アウェアファイ)は、メンタルヘルスの領域において、社会課題の解決と経済的な成長の両立を目指すインパクトスタートアップです。「心の健康と成長を支えるデジタル・メンタル・プラットフォームを実現する」をミッションに抱え、その最初のプロダクトとして AIメンタルヘルスアプリ「Awarefy」を開発しています。

インパクトスタートアップについてご存じない方もいると思うのですが、上述の "社会課題の解決と経済的な成長の両立を目指す" スタートアップおよびスタートアップ投資の枠組み、とご理解いただくのがよいのではないかと思います。

事業ドメインとしては「心の問題」と向きあう Awarefy ですが、インパクトスタートアップの一員として、"公共性" というものについて真剣に考えるべき立場でもあります。

公共や公共性、というのは広い言葉ですが、私的空間よりも相対的に広い場は公共性があると見なされ、公共の利益に与することがより公共性のある活動、と見なされます。公共の福祉という言葉もありますが、個人や私企業を越えて、地域、社会、国、ひいては人類全体の幸福について考えることが、公共性に繋がっています。

この公共性の中に、ジェンダーギャップ、賃金格差なども含まれている、故により強く DEI に向きあうべし、というのが僕の立場です。

個人的な原体験をここに加えると、かつて在籍していたベンチャー企業の経営者の方が "会社は公器" というコーポレートメッセージを強く発信していました。そのことをとてもよく覚えています。この言葉は 松下 幸之助 の言葉「企業は社会の公器」から来たものだと思うのですが、"公器" の意味するところとして、次の説明があります。

すなわち、人々の生活に役立つ優れた品質の商品やサービスを、適正な価格で、過不足なく供給し、社会の発展に貢献するのが企業の本来の使命だという考えに至ったのです。そして、こうした使命を持つ企業の持ち主は、企業自身ではなく、社会のものであると考え、これを、「企業は社会の公器」という言葉で表しました。

https://holdings.panasonic/jp/corporate/about/philosophy/1.html より

"社会の発展に貢献するのが企業の本来の使命"、"こうした使命を持つ企業の持ち主は、企業自身ではなく、社会のもの" といった哲学は、まさに "公共性" を含んだものと言えるでしょう。その意味で、インパクトスタートアップの哲学は元々この国にあったが、敢えてセグメントをつくらないと意識されない程度には失われてしまったものなのかも知れません、などということを考えます。この後記では本論ではないためここで筆を止めます。

Awarefy の DEI 活動

そんな我々 Awarefy ですが、DEI 活動の一環として今年の10月に「女性のエンパワーメント原則(Women’s Empowerment Principles、以下 WEPsに署名を行いました。詳細はプレスリリースに記載されているので、ぜひご覧ください。

また、厚生労働省の運営する「女性の活躍推進企業データベース(以下、DB)」への登録を行い、まだまだ限定的ではあるのですが自社のジェンダーギャップの状況についての情報公開を行っています。

また、ポジティブアクションとして男性以外の役員や幹部の登用や採用、女性 ITエンジニアの採用活動を意識的に行っています。

じつは WEPs への署名や DB 登録は、比較的進めやすい取り組みでして、こうした枠組みの存在はジェンダーギャップの解消に先んじて取り組んでいらっしゃる方々から示唆いただいたものでした。

Awarefy はまだスタートアップとしてアーリーステージにあるのですが、そんな中でも DEI の取り組みを進められるということは伝えてきたいことの一つです。スタートアップと DEI の話題は、後段に譲ります。

登壇にあたり

アウトプットは最大のインプットの機会、とはよく言われます。上述のとおり今回登壇される方々が大変な有識者ということもあり、しっかり予習をせねばと思い事前に読書に勤しんでいました。以下予習の様子(かなり必死)。

結果三冊の書籍を読んで当日に臨むことができたのですが、いずれも大変学びが深いものだったため、ごく簡単にここで紹介いたします。

『わたし×IT=最強説 女子&ジェンダーマイノリティがITで活躍するための手引書』

登壇者の一人、田中さんが理事を務められている NPO法人 Waffle 著。「ロールモデルが見つかりにくい」という女性・マイノリティが IT 業界で活躍するための「手引き書」としての書籍です。ソフトウェアエンジニアが社会で活躍するってどういうこと?という職業観の解説から、活躍されている方々のインタビューなど、大変意義深い内容になっています。ちょうど、bgrass CEO兼CTO の だむは@bgrass inc. さんもその中の一人として登場するのですが、これからの世代のことを考えている大人が、いったいどれだけ今の社会にいるのか… ということに思いを馳せずにはいられませんでした。

『男性中心企業の終焉』

当日登壇された浜田 敬子さんの著書です。タイトルから想像するに難しいジェンダー論が展開されるのかなと少し身構えながら手に取ったのですが、大変にアクチュアルな内容で、とある日本のメガベンチャーの賃金格差の実態に始まり、福利厚生を手厚くした結果さらに格差が生まれてしまうといったアンチパターンへの具体的な言及など、企業で DEI を推進するうえで、ベースラインとしてまず抑えておくべき知識が詰まっています。そのなかでも成功事例や、現在進行中で改革を推し進めている企業の事例はとても勇気をもらえる内容でした。

『なぜ男女の賃金に格差があるのか』

今回のイベントのタイトル「ノーベル経済賞」を受賞した Claudia Goldin の邦訳本です。アメリカ社会における女性奮闘史と言えるような、多くの人物、事例、データを集めて男女格差、賃金格差の問題を浮き彫りにする大著です。

『男性中心企業の終焉』を先に読んでいたおかげでなんとか食らい付いていくことができましたが、初手ではハイカロリーかも知れません。じつは僕もこの note を読んでおくといいかも、というアドバイスをもらい、二重(?)に予習をしてから読破しました(理解できたとはいっていない)。

マイノリティのITリーダーを生みだすために

予習により得られた知識と当日交わされた議論から学んだ内容を踏まえて、僕自身が今後取り組むべきことは「ポジティブアクション × エンパワーメント × キャリアのバックキャスティング 」なのかも知れない、という考えを深めることができました。これが個人的にはとても大きな収穫でした。

イベントのタイトルにも「IT業界のジェンダーギャップ」と付けられていますが、エンジニア組織というものは放っておくと男性社会になりがちという残念な事実があります。それを前提としてポジティブアクションを続けてダイバーシティを意識的に維持する、ということが重要だと考えています。

社内外に対して僕が繰り返し伝えていくべきことですが、(あくまで当社の)ポジティブアクションは、男性以外の方の採用基準を引き下げたり、能力以上の報酬を設定する、ということではありません。それらは逆差別に繋がる可能性を常にはらんでいます。ポテンシャルも含めて優秀な人材と出会える機会を最大化するための行動を起こす、ということが、僕がまず優先して取りたいと思うポジティブアクションの一つであります。

ポジティブアクションとオーバーラップする取り組みとして、キャリアのバックキャスティングを積極的に推し進めるとよいのではないだろうか、と決意ができたことも収穫でした。

バックキャスティングというとそれこそインパクトスタートアップのロジックモデルが想起されますが、

ITエンジニアのキャリアの文脈では「テックリードになるには」「エンジニアリングマネージャーになるには」「CTOになるには」といったITエンジニアのキャリア像から逆算して、成長のラダーを設計して支援する、ということになるかなと思います。もちろん役職やロールが付かなくとも、ハイスキル、ハイキャリアを目指すことは可能だと思います。いっぽうで、ロールモデルを増やすためには、ある種の「分かりやすさ」としての肩書きも重要なことなのではないかなとも考えます。

僕自身マネジメント、特にメンバーのキャリアとの向き合い方については多くのマネージャー同様に悩みながら取り組んでいるのですが、フォアキャスティング的な、「現状の適正」「今日の時点の本人の意思」のような、As-Is が基点になっていることが多いなと反省しました。キャリア形成において、「本人のWILL が大切」というのは非常によく聞く話ではあります。しかし「WILL がない(弱い)」のが本人の純粋意思(?)によるものなのか、ある種の学習性無力感によるものなのかは見極めなくてはならないことです。それが見極められるのかという問題もあるわけですが、僕自身が他者をエンパワーすることを恐れない、ということが大事なのかなと思っています。

ちなみに偶然にも、ちょうど Awarefy のエンジニアのグレード制度を設計しているところだったのですが、これもバックキャスティング的手法として運用できるのではないか、と期待を含まらせているところです。こちらについては近日情報を公開予定です。閑話休題。

はてさて、バックキャスティング、特にライフイベントを念頭においたバックキャスティングというものが、実際問題として女性ではないCTO(= ぼく)としてどこまでのコミュニケーションが可能なのか、スタートアップとしてどこまでの時間軸で捉えられるのか、ITエンジニアの人材流動性を踏まえてどこまで投資するべきなのか、といった葛藤を抱えながら考えていくことになるのだと思います。

スタートアップこそ DEI

タイトルにした「なぜ DEI に取り組むのか」という問いについては、次のように回答できます。

  • スタートアップであるなしや事業ドメインに関わらず、社会の公器としての責務を全うするため

  • インパクトスタートアップとして公共性に対しての取り組みを行い、その活動を社会に波及していくため

読者の中には「採用戦略ではないのか」と思われた方もいらっしゃると思います。事実それは否定しません(むしろ声高にアピールしたいことですらあります)。いっぽうで、マーケティングのための女性活躍推進活動や、ジェンダーウォッシュ(= 上辺だけのダイバーシティ企業)に陥らないか、という点について常に点検が必要です。

それを差し置いても、スタートアップこそ DEI に取り組むべき意義として、経営側からみると、次のような利点があります。

  • しがらみがない。トップダウンで方針を決めやすい

  • 取り返しがつかなくなる前に、ダイバーシティを確保できる

    • => 男性10人の同質的集団の中に多様性を持ち込むのは至難

  • 事業の成長、人の成長の機会を増やせる

また、働く機会を探している側としても、DEI に取り組むスタートアップに注目して欲しい理由があります。

  • チャレンジの機会が多い。ポストが空いている

    • => バックキャスティングの時間軸が(極端に)短い

  • モメンタムが高い。熱量が高い。柔軟性が高い

    •  => 成長曲線を高める機会に溢れている

お伝えしたいこととして、DEI に取り組む側も、評価する側も、DEI と「福利厚生」については是非分けて見て欲しいなと思っています。福利厚生は基本的には資本力に比例するため、上場企業、大手企業、メガベンチャー、ユニコーン企業などにカテゴライズされる企業のほうが手厚い、という結果になります。いっぽうで、見かけ上の福利厚生の手厚さ(育休の取りやすさなど)が必ずしも女性のキャリア形成にプラスではない、といった不都合な事実もあることが分かってきています。これについては完全なポジショントークなのですが、スタートアップには本当に成長の機会がありますし、その中でも(当社のように!)DEI に関心の高い環境であれば、人生やキャリアの経験値稼ぎに "バフ" をかけられる可能性が高いのではないかと思っています。

スタートアップこそ DEI!というのは、これからも言い続けていきたいところです。

終わりに

イベント当日は、楽屋打ち合わせの時間も含めて、僕にとって非常に濃い・情報量の多い時間で、最新情報・最新動向のキャッチアップも含めて学ぶことができました。ご参加くださった皆様、登壇者の皆様、イベント運営に携わった皆様に心よりの御礼を申しあげます。

なお、採用戦略ではないのか、という係を受けて、株式会社Awarefy は ITエンジニアを積極採用中であることを最後にアピールさせていただきます(←)。メンタルヘルスの課題解決にむけ、社会にインパクトを与える仲間を募集しています!

それではまた。


お読みいただいてありがとうございます。