【サービス終了・お焚き上げ会場】slideship は何故うまくいかなかったのか
みなさんこんにちは。一段と寒くなって参りましたがいかがお過ごしでしょうか。インフルエンザの予防接種を受けに来たら病院が休診日でした。その敗戦の帰りにドトールで記事を仕上げております、池内です。おこしやす。
2015年に設立した法人を2019年に閉じることになったいきさつは廃業エントリで書いたとおりですが ↓
今回は起業中の2つ目のプロダクトであった slideship.com について振り返り・お焚き上げ申しあげたいと思います。
slideship.com は、2020年12月31日をもって全サービスを終了し、サービスクローズすることになりました。slideship.com はなぜうまくいかなかったのか。
slideship.com とは
slideship.com とは、Markdown 形式でプレゼンテーション・スライドの作成が行え、オンライン上でスライドの公開までワンストップで行えるクラウドサービスです(でした)。サービスの雰囲気は下記の紹介動画を見ていただくのがよいかと思います。
なぜ開発したのか
slideship.com を開発した動機は、スライド作成にかかるコスト・煩わしさに対するストレスを解消したい、というものでした。
昨今、じつに多くのソフトウェア、プログラミング、テクノロジーに関する勉強会が企画・開催されていることはみなさんご存じのとおりです。connpass をはじめとるすイベント運営支援プラットフォームをみれば、その数の膨大たるや一目瞭然です。
僕自身、2011年〜2015年にかけて、いくつかのカンファレンスや勉強会で登壇・発表する機会がありそのたびにスライドを作成していました。当時所属していた企業でも、社内勉強会と称してエンジニア同士がナレッジを共有する機会が多くあり、やはり自他共にスライドを作成する機会を多く目にしました。そうした中、「スライド作成」という行為がじつに非生産的だなと考えていて、のちに開発動機につながりました。
スライド作成の何を解決したかったのか
みなさんはスライド作成にあたり、どのようなツールをお使いでしょうか。PowerPoint、Google Slides、Keynote などでしょうか。当時の僕は、左記のようなフルスタック・プレゼンテーション・スライド作成ツールにおいて、以下の問題を感じていました。
1. レイアウトやデザインの自由度が高すぎ、微調整や統一にかかるコストが大きい
2. プログラミングコード(や数式)の表現が行いにくい
3. 一元管理が行いづらいため、似たような情報のスライドページが大量にコピペされ、メンテナンスされない
(1.) については、テキストベース、より具体的には Markdown ベースでスライドを組み立てることで、表現の幅が制限されることと引き換えに、高速に記述できることと、スタイルの共通化を狙いました。
(2.) については、ブログや技術文書では当たり前に行われているシンタックスハイライトを導入することで解決をはかりました。数式についても、Katex を利用してスライド上で表現できるようにしました。
ところで、当時もいまも、Markdown でスライドを構築する試みは多く行われていました。Markdown ファイルを JavaScript で読み込みスライド形式で表現する reveal.js や Remark などのツールが有名です。しかしながら、そうしたツールはローカルのコンピュータに環境構築をする必要があり、インターネット上にスライドを公開するためには、別途何らかのサービスを利用する必要がありました。いっぽう slideship.com では、クラウド上にエディタがあり、Markdown で記述したスライドをそのままオンラインで公開できます。
(3.) について、プログラマにとってはお馴染みの Don't Repeat Yourself の精神に基づき、スライドの1枚1枚にリソースIDを割り当てて管理を行い、ハイパーリンクのように複数のプレゼンテーションから単一のスライドを参照できるようにしました。
1. 2. 3 の課題に対する解決策を提示することで、スライド作成にかかる問題を解決したいと考えていました。
リリースしてみてどうだったか
結果 : 無料で使えるなら便利かも、の壁を越えられず
有り難いことに、リリース当初はいくつかのメディアでご紹介いただいたり、知人や友人、SNS でサービスを知った方々などを中心にたくさん(と敢えて言おう!)のスライドを作成・公開いただきました。ご利用いただいたみなさま、ご支援いただいたみなさまにはこの場を借りて改めてお礼を申しあげたいと思います。また、ご期待に添うようなサービス発展と継続ができなくなってしまったことに、心よりのお詫びを申しあげます。
slideship.com のビジネスモデルは、フリーミアム + サブスクリプションという SaaS モデルでした。
当時、Slack の勢いを目の当たりにしていた僕は、憧れもあって、slideship.com は B2E(to Employee, to Engineer)および B2T(to Team)SaaS だ!と息巻いて、上図のようなラインナップを計画しました。
結果的に、1年続けて 海外からの有料プラン契約・ゼロ。国内からも、10に満たずという戦績。
失敗理由のふり返り
◆ 敗因 1 : "便利ツール" でビジネスを成立させる難易度を甘くみていた
slideship.com は、nice to have(あったら便利)なサービスで、その点ははじめから自覚的であったので、少なくとも立ち上げの段階で must have でなかったらだめだった、という風には思っていませんでした。しかしながら、must have には must have の難しさが、nice to have には nice to have の難しさがあります。いま、あらゆる便利なアプリ、サービス、OSSなどが数多生みだされる時代、ちょっとやそっとの nice では見向きもされないという「ちょっとやそっと」の閾値を見誤っていました。
たかがナレッジベースツール、されど Notion のような圧倒的なスゴさを備えていれば、突破口はあったかも知れません。多くの点で、力不足でした。
◆ 敗因2 : 使われない機能に実装コストをかけた
毎度おなじみ、MVP といいつつあれもこれも作ってしまいたくなるというやつです。言い訳はしまい。以下、無駄だったものリスト。
・スライド1枚単位の管理機能(使われない)
・OG Image のダイナミック生成(すごく頑張ってつくったけどあとからで良かった)
・ドル決済(後述)
・ドキュメント作成機能(迷走)
他にもあるだろう? 皆まで言うなし。
◆ 敗因3 : グローバル展開だ!と言いつつ、できない
slideship.com の前プロダクトである eurie Desk は、UI は英語、ドキュメントは日本語、(一部)英語で作成し公開しました。slideship.com は、懲りずに UI は英語、ドキュメントは英語のみという編成にし、決済については stripe.com を利用してドル決済と円決済の両方に対応しました。
実際、スペイン語(読めない)やロシア語(読めない)で作成されたスライドもあったりし、多くないながら、海外のユーザーからも関心を持っていただけていました。しかし結局、海外からのコンバージョンの結果を見ると、決済の条件分岐にコストをかけるだけ無駄でした。
◆ 敗因4 : UI や機能が優れている訳でもなかった
このプロダクトの出発点が既存の良い物を組み合わせたらもっと良い物ができるに違いないというマッシュアップ的な発想だったのですが、その世界から脱却できなかったなと思います。nice to have の話とも繋がりますね。
◆ 敗因5 : コミュニティを(熱狂的に)巻き込めなかった
nice to have の製品を広めるうえで、ユーザーコミュニティづくりを行うという戦略があると思います。例えば、カンファレンスや勉強会ともっと積極的にコラボレーションさせていただくとか、機能という意味では、slido のように、プレゼンテーション発表中の双方向性に重きを置く、などのアイデアが組み込まれていれば良かったかも知れません。
◆ 敗因6 : 知られていなかった
この記事を読んで slideship.com をはじめて知った、という方もおられるのではないかと思います...。もっと早くに、出逢いたかった...(哀愁)
◆ 敗因7 : ドッグフーディングに頼りすぎた
僕自身の痛みや不便を取り除こうとしたところから始まっているので、自分でスライドを作成しながら開発し、改善していったというドッグフーディングはかなり実践できていました。ただし、作り手の視点が強くなってしまいすぎ、いわばドッグフーディングよるオーバーフィッティングがおきていました。
また、遡ると、自分が欲しいと思っているものだし、周囲の人も実際苦労しているので、あったらよいに違いないという思い込みもありました。思い込みというより、僕自身が slideship.com をつくりたいと思っているので、ユーザーインタビューをくり返し行ってニーズがそんなにないことが分かってしまったら、つくりたいという願望が叶えられなくなってしまう、それを避けるために否定的なフィードバックを回避しようとする、という感情のプロセスでしょうか。書いていて思いましたがこれ興味深いですね。多くの人に否定されるアイデアから革新が生まれるということは実際にあったし、あると思います。否定されてもなお自分が信じたいか、信じられるかということが大事なんでしょうか。
本当の理由
ここまで、自分の事業の失敗要因をいくつかの観点で批評的に振り返ってみましたが、起業や新規サービスが潰えるときの究極的な理由は1つしかないと思っています。それは、続けられなかったから続けられなかった、というごくシンプルなことではないでしょうか。
マネタイズがうまくいかない、マーケットの捉え方が適切でない、Problem と Solution がフィットしていない、Product と Market がフィットしていない... これらは未来の予測および過去の振り返りを行ううえではとても重要なものです。しかし、僕が起業中に経験したのは、困難な状況の中で「にも関わらず続けたいと思うか?」という問いに繰り返し回答する機会が訪れる、ということでした。日の目を浴びなかろうが、資金が尽きようが、何が何でも続けるんだという気力あるいは狂気があれば物事は続けられます。この問いに創業者がいつか No と応える。それがサービスや事業が終わる理由に他ならないと思っています。
終わりに
タイトルにあるようにお焚き上げ会場ですので、記事を通じて「これを伝えたい」というものは特にありません。
強いて言えば、ぜんぜんこの記事の話の流れとは接続しないのですが、起業やプロダクトの立ち上げというのは、やる前からわかること・やってみてはじめてわかることがじつに多く入り交じっていて、それらを体験することでしか得られない経験値というものが必ずあると思っています。
なので、例えば nice to have でマネタイズ厳しそうだな、というプロダクトをつくろうとしている人を見かけたとしても僕は純粋にそのトライを応援したいですし、僕がうった下手や失敗から、事前回避できそうなものをひとつでも見つけていただければ、slideship.com も浮かばれるのではないかなぁと思っています。
slideship.com、お疲れさまでした。応援していただいたみなさま、ご利用いただいたみなさま、ありがとうございました。
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お読みいただいてありがとうございます。