定野司「合意を生み出す! 公務員の調整術」

根回し、とか聞くと、正攻法じゃない気がしていたけれど、市役所での経験を重ねるにつれ、すごく大事なことであるという認識になってきた。何しろ行政が取り扱う分野はたくさんあり、よくよく考えてみると、相反する方向で進めなければいけないことも多々あるのだ。例えば、経済振興と環境問題、もちろん、長期的に見れば、落としどころはあるにしても、短期で見ると、効率性を重視するか、環境影響を重視するか、方向が真逆だったりすることもあるわけだ。右肩上がりだった時はそれでも、両方に重点を置くことは可能だったけれど、もう今はそういう時代じゃない。限られた財源の中で、落としどころをみつけていかなければいけないのだ。となると、調整が必要になる。
この本では、色んな具体例を挙げながら、調整術をパターン化し、理論的にその効果を説明している。読んでいると、自分でもこういうやり方は身についているかもしれない、とか、これはあの人を思い出すな、みたいな感じになってくる。じっくり調整できる時には、この本を読み返して、ここはこういう作戦で行こう、と考えたりできるかもしれない。でも実際に調整が必要な時は、そこまで余裕がなかったりするものなのだ。もちろんそういうことを避けるために、迅速な初動で対策を講じる「早期対応の原則」なんて言葉も挙げられているけれど、実際はなかなか難しい。そうなると、時々自分の行動を振り返りながら、この時はどうすべきだったか、とか、この部分は良かったとか、振り返ることが大切なのかもしれない。自分の調整を検証するためのツールとしても使えそうだ。
もちろん民間の会社においても、内部調整ということは必要になると思う。けれども、なんとなく、行政において調整はすごく頻繁に行われて、かつ重要なのではないかという気がする。なぜなら、利潤の最大化、みたいな絶対的な基準がないからだ。行政でも今はKPIとか指標を設定して、そのために施策を行うという形がとられているけれど、指標の設定そのものが難しいし、じゃあ、全てのKPIを並べたとして、どこを向いているのか、というのは分かりにくいような気がする。市民のために、などといっても、市民もいろいろいるし、今の市民だけでなくて、将来のことも考えていかなければいけない。
さらに最近では、行政だけでうまくいくわけではないという認識がされていて、住民との協働や公民連携が重視されている。となると、もちろんそれぞれの組織の目的というものがありつつも、同じ方向を向いて、やらなければいけないわけで、その方向を模索するのが調整という過程になる。
行政が目指すことは、社会課題の解決で、それぞれの部署が勝手に動いてもうまくいかないし、市民や事業者とも一緒にやっていく。一つのチームにならなければいけないわけだ。それぞれのおおもとの目的である根っこを理解し、新しい環境においても大きな木になるように育てていくために大切なことと考えると、根回しという言葉も、悪くない気がしてくる。

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