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バラを捧げる物語の道@図書森(いちはらクオードの森)

※このお話は一部フィクションです。
その謎を解き終えたとき、感じたのは、その答えを知ることができた喜びではなかった。もっと深い謎があることに気付いてしまったのだ。
5月の最後の日、今年は早い梅雨入りだったけれど、その日はとてもよく晴れていて、気持ちの良い風が吹いていた。空は青く透き通っていて、白い繊維の束のような雲が浮かんでいた。木々の緑は日の光に照らされて、明るかった。
森の入り口には、赤い箱のガチャガチャがあった。私は500円玉2個を入れてつまみを回し、図書森の司書が用意したという小さなカプセルを取り出した。最初に種明かしをしてしまうと、これはここで行われている「物語の道」というエンターテイメントで、森を散策しながらカプセル内の紙や小径の標識に書かれたヒントをもとに、謎解きをするもの。カプセルを開けると、図書森の司書からの依頼状と「小さな本」が入っていた。小さく折りたたまれた依頼状を開くと、司書からの気持ちの込められたメッセージが書かれていた。裏には森の地図が印刷されていて、そのところどころには違和感があった。「小さな本」の方にも謎がたくさん仕掛けられていた。この違和感がきっとヒントになっているのだろう。
私に解くことができるのだろうか、と少しだけ不安になった。お楽しみとはいえ、やはり、最後まで解き明かさなければ、それを十分満喫することはできないかもしれない。だから、最後まで辿り着きたいと思った。
最初の問題はそれほど難しくなくて、「小さな本」と地図と、森の中の小径のそばにある手がかりをじっくりと見れば、自然と分かるものだった。
次は少し考えなければならなかった。すぐには分からなかったので、私は東屋の椅子に座り、小さな本と地図と小径にあった手がかりのメモを並べて置いてみた。森の中は、野鳥を見るために双眼鏡や望遠カメラを持って歩く人がいるくらいで、とても静かだった。そばには小さな川が流れていて、水の音が聞こえた。姿は見えないけれど、鳥のさえずりが混じることがあった。
小さな本と地図と手がかりのメモを並べて見ていると、答えが見えてきた。私は思いついたことを書きこんでみたり、消したりした。一つ問題が解けたら、その次の手がかりを探すために、小径を進んだ。
最後の手がかりをメモした後、私は図書森の真ん中にある草原の中の東屋に行った。そこには、小学校の教室にあるような椅子が置かれていた。その一つに座り、小さな本と地図と最後の手がかりのメモを並べて考えた。いくつか思いついたことを書いてみたけれど、どうにも理解できなかったりもした。
けれど最後に思いついた答えを書き記してみると、複雑に絡み合った糸がするするとほぐれるような感触があった。依頼状の中で、図書森の司書が言っていたことが見えてきたような気がした。
その答えに基づいて、小さな本の指示通りに全てを読んでみると、私が何をしなければいけないのか、ということが具体的に分かった。
けれどそれは同時に、かすかに痛みを覚えるものでもあった。この痛みは初めて感じるものではない。これまでの人生においても、何度か感じたことがあった気がする。
この不思議な感じは何だろう。謎を解いた途端、新しい謎が目の前に現れた。しかもこれは、誰かから出された問題ではない。この謎解きをやることによって、自分の中に沸き起こってきたものだ。というか、今まで考えないできたことだった。
全ての謎を解き終えて、図書森の秘書からの依頼に取り組んだ。最初は違和感と謎だらけで何のことやら理解できなかったその依頼の具体的な内容も、一つ一つ謎を解いてきたことで、はっきりと理解できた。書かれているとおりに準備をして、東屋を出ると、次の場所を目指して、小径を歩いた。木々の緑は明るいままだったけれど、その中にいることに違和感を覚えるくらい、自分の気持ちが、心の中の奥深くに向き合っている感じだった。
最後に入った東屋には、本が用意されていた。10数ページの小さな物語を読むように書かれていたので、示されていたページを開いた。読み進めていくうちに、自分が今日してきたことの意味が、感じたことの意味が、既にその本に書かれていたような感覚を覚えた。
そうだ。
この謎は、私だけが今日気付いた謎ではないのだ。今からずっと前、この本が書かれた頃の人々も、同じような謎を抱えていて、その後で、生まれ、暮らし、死んでいった人も同じ謎を抱えていた。今生きている人たちも、きっとその多くがこの謎を抱えている。いや、私自身も本当はずっと前からこのことに気付いていたはずだ。
だから大丈夫というわけではない。みんなが感じているから不安にならなくてもよいということではない。誰しもが、自分の抱えている深い謎と向き合いながら、生きていかなければいけない。
謎解きを終えて気付いた謎は、とても深いものだった。これから死ぬまで、付き合っていくものなのだと思う。今日歩いた「バラを捧げる物語の道」のことを、きっと時々また思い出すことになると思う。

これは私の個人的な体験ですが、図書森はいちはらクオードの森に期間限定で実在します。「バラを捧げる物語の道」から始まる物語は、そこを歩いた人の数だけ存在するのかもしれません。
https://cirq-cirq-cirq.com/forest-of-books/

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