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齋藤孝「偏愛マップ キラいな人がいなくなるコミュニケーション・メソッド」

数年前のことですが、上司からこんなメールが来ました。
「新メンバーでの最初の係打ち合わせをします。
 事前に、添付のA4のシートに記載、印刷して持参してください」
シートは、好きな食べ物、とか、好きなアーティスト、とかを具体的に書くようになっていたかと思います。窓口が忙しいとか、年度の切り替えに事務が集中する、とかではなく、ゆっくりめに重めの課題を取り扱う部署だったので、1時間の打ち合わせでそんな話をするのも悪くないかもと思いつつも、少し違和感を覚えた記憶があります。

別に職場というオフィシャルな場所で、一切プライベートな話は不要であると考えていたわけではありません。でも、仕事の話をしながらふとした瞬間に、個人的な趣味嗜好が飛び出してきて、へえ、と思う瞬間が好きだったりしたのです。
ついでにいえば、その時のメンバーで入れ替わったのは一人だけ、まあ残りの3人が新たに加わった1人をチームとして迎え入れればいいし、大人だし、そんなことまでしなくてもいいんじゃないかな、と思ったりしました。

ですが結果として、えー、そんな趣味が、みたいな話になり、想定以上に盛り上がりました。

翌年自分が昇格して、係長になると、そのシートを使った打ち合わせで迎え入れられた人が、
「去年みたいなシート、やらないんですか」
と言いました。係は1人増え、新しい人が2人入ってきていました。なんかパクリみたいで微妙、と思いつつも、やってみてよかったと感じたから提案してきたのだろうと思い、私も準備することにしました。

というわけで、今、係長として3年目を迎えていますが、2年目も3年目も、このシートを事前に配布しました。今後もたぶん、やると思います。

この本を読んだ時に、すぐ、このシートのことを思い出しました。シートを準備して、といった上司はもしかして、この本を読んでいて、チームをつくるのに有効だから、と考えたのかな、と思いました。あと、ちょっと意外な自分の趣味をオープンにしたのは、偏愛な感じを出したかったのかなとか。

本の最初で偏愛マップが次のように説明されています。

偏愛マップ=自分の「大好きなもの」を書きこんだマップ
→1枚の偏愛マップはその人のワールドそのものです。

どんな風にも書いていい。文字だけ並べてもいいし、イラストを入れてもいいし、分類してもいいし、しなくてもいいのだそうです。

この偏愛マップをみんなに書いてもらい、2人一組になって話し合うとどんなことが起きたか、という様々なエピソードが紹介されています。そのうちの一つ、5分も経たないうちに立ち上がって、固い握手を交わす中年男性二人の話。
こんなことはさすがにめったにないとのことですが、わけを訊いてみると、実は二人とも、子どもの頃に伝書バトを飼っていたことが判明したのです。それまで日常生活の中で、伝書バトを飼っている話などしたことなかったため、自分以外で伝書バトを飼っている人に初めて出会ったということでした。

子どもの頃何を飼っていたか、という話なんてあまり出ないかもしれません。犬や猫であれば、誰かが話題に出して自分も、ということもあるかもしれませんが、伝書バトはなかなかないでしょう。

私は、ちょっとした雑談の中で出てくるその人の個人的エピソードが好きだったりしたけれど、それって、本当にごく一部なわけです。もっと本当は深く共感できる色んなことがあるかもしれないのに、それが埋もれたまま、というのはもったいないかもしれません。ひょっとしたらいろいろ逃していたのかもしれません。

この偏愛マップを使った対話は、キラいな人がいなくなるコミュニケーションだというのは、この部分なのだといいます。自分と同じものを好きな人には共感を持ったり、親近感がわいたりします。だから、キラいな人がいなくなるというわけなのです。
だとしたら、職場でもやってみる価値は大きいと思います。
大人なんだから、嫌いな相手ともチームとして動いていく必要がある。けれど、無理をするのと、自然に信頼して協力し合う方がもっと居心地がよくなるような気がします。
実際、上司がシートを出してくれた時のメンバーはとてもよいチームだったと思います。私もマネをして、シートを使いつつ打ち合わせしたのですが、それもチームになっていたのだとしたらいいなあと思います。

著者はご自分の尊敬してやまない5人の著名人、岡本太郎、向田邦子、寺山修司、ジョン・レノン、坂口安吾のマインドマップを作っています。本人が書いたものではなくて、たくさん読んだ著作の中から偏愛ぶりが見えるものを抜き出し、マップにしているのです。
ですがこれはもともとやっていたのではなく、この本を作る際に初めて試してみたことだそうです。
残念ながら私は、この5名の著作は読んだことがないので、このマップはそうなんだ、と思うことしかできません。ですが、自分でつくったんじゃないか、と思うくらい、人間らしく色んな方向を向いていたり、他方、なんとなく傾向があったりするような気がしていて、偏愛マップの取り組みを広めている方だけあるな、と思います。
ですが、これ、やっぱり、著作から作ったわけであって、実はもっと違うワールドが広がっていたんじゃないか、と想像したりもします。偏愛マップ用に文章を書いていたわけではないですから、実はもっと偏愛な世界が隠されていたのかもしれません。

そこから派生して考えたのですが、実は、私たちも、他の人を見る時に、ある程度、偏愛マップ的な感じで理解をしているのかもしれません。その人がこれまでに話してくれたこと、その人が自分の目の前でとった行動、そういうのを少しずつ溜めていて、あの人はこんな感じ、この人はこんな感じ、というイメージを持っています。
一方で、その人に自分はこんな人、と書いてもらうのも、それらしくない姿が現れてきてしまうかもしれません。

でも、好きなこと、と言ったら、いいも悪いもありません。自分がどう感じるか、ということなのだけですから。

というわけで、また次年度はもっと偏愛シートに寄せた感じのシートで、チームの顔合わせをしようかなと思います。

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