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最近気になっていること

執筆 : 熊谷まどか


今、とあるコンテストにエントリー中である。私じゃなくて、ウチの冷蔵庫が。
偶然目にした『まちで一番古い冷蔵庫コンテスト〜世田谷区で一番古い冷蔵庫を探せ』のファンシーなチラシには、口元の皺が優しげなお婆ちゃん冷蔵庫のイラストが載っていて、彼女の胸には「2003年製」の名札が付いていた。
え、え、じゃ、1995年製のウチの子はぶっちぎり優勝候補やないの。
優勝賞品は「新品の省エネ冷蔵庫」だって。
即、応募した。

だけど、実は、ちょっと心が乱れている。
古い冷蔵庫がエコじゃないのは知っているし、エコじゃないことは、今日日、犯罪同様の誹りを免れない。
でも実のところ、ウチの子、まだまだイケる。酷暑だった今夏も、スイカを冷やし、氷を作り、お魚を腐らせることもなく、汗ひとつかかず、涼しい顔でやるべき事をやってくれた。
やる気と能力はあるのに、ただ時代に必要とされなくなった。それが切ない。

去年の夏、使用中のノートパソコンが突然、爆発した。ポンっていう軽い破裂音と同時に薄い煙が立ち、焦げ臭い匂いを残してモニターがブラックアウト……まさにスパイ映画で見るアノ状況に、心臓がトクトクして、しばらく声も出ないくらい、本当にビックリした。
しかし私は勿論スパイではない。心当たりがあるとすれば、前の晩、新しいMacBook Airの検索をしたのだ、そのパソコンで。
彼は戦力外通知を受ける前に、自ら旅立ったのではなかろうか。
その心中を思うと、道連れにされたいくつかのデータのことは水に流すしかない。

思い返せば、はるか昔の子供の頃の記憶に行き着く。
その頃、乗っていた自転車が兄のお古で青色だったのが恥ずかしかった。
戦前生まれの母親はとても始末屋で、身体の大きくなった兄には合わなくなったものの、まだどこも壊れていないその青い自転車を惜しんだが、私のおねだりに根負けして、ついに新しいピンクの自転車がやってきた。
私は不用となった青い自転車に乗って、町内の粗大ゴミ集積場所まで連れて行き、捨てた。
徒歩で帰りかけたその時、背後で、チーンと自転車のベルが鳴ったのだった。

それからずっと、「まだ壊れてはいないけど、何かを買い替える時」にチーンとあのベルの音が聞こえてきて、罪悪感に苛まれる。ブラウン管のテレビ、木目調のクーラー、1967年式チンクエチェント、一眼レフカメラ、緑の羽根の扇風機、CDラジカセ……キリがないし、怖い夢を見てしまいそうだから、もうやめよう。

100年を過ぎた道具には精霊が宿り「付喪神」になるらしい。
長い歳月、その役割と能力を維持したまま、大切に愛用され続けるのはすごいことだ。
尊ばれ、畏怖されて当然だろうと思う。
100年を経ずに無用とされたモノたちも、でも、絶対、感じていると思う、使い手の気持ちを。偉いよ、君たち。ありがとうね。

もし『まちで一番古い冷蔵庫コンテスト』に優勝したら、表彰式と取材があるらしい。
私は言うだろう「新しい冷蔵庫、嬉しいです」と。
夫も言うに違いない「これからはよりエコを考え生活します」などと。
そして贈呈された冷蔵庫と共に写真に写っちゃったりするのだ、満面の笑みで。
なんなら自慢げにSNSでシェアしちゃったりするかもしれない。
さらに数日後には口に出しちゃうのだ、
「やっぱ、いいね、すぐに切れる微凍結チルド室!」
「うわ、電気代めっちゃ安いやん!」

今、膨らむ妄想と染み付いた罪悪感を行き来しながら、キッチンでこの文章を書いている私の背後で、マグネットを身体中に貼り付けられた冷蔵庫は、ごくごく微かな重低音のハミングを奏でつつ、愚直に休むことなく、働き続けている。

コンテストの結果発表は、まだ少し先。
エントリーしたことは、勿論、本人には内緒です。





執筆者:熊谷まどか

同志社大学卒。学生時代は演劇活動に没頭。
CM制作会社に3年間勤務後、様々な職業に就く。
2004年に自主映画制作を開始、以後、ショートフィルム、MV、WEBドラマ、ドキュメンタリーなどの監督と脚本家として活動を重ね、国内外の映画祭で受賞。
2017年「レビー小体型認知症」を患った母との実体験を基にした『話す犬を、放す』で長編デビュー。

【IKURA公式サイト】熊谷まどか監督ページ
https://www.ikura-vipo.jp/director/21.html