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和解

「ユリちゃん、せっかくソウルに帰ってきたから、うちに遊びにきてよ。美味しそうなお肉もたくさん頂いたから、一緒に食べよう」

夫の光州の転勤からソウルに戻ったヒジュ姉からの電話に、ユリは、嬉しそうに答えた。
「うん、じゃあソヌ先生も一緒に連れてっていいかな?」

「え? ソヌ先生? あの人がいつも電話してもぜんぜん出てくれないってぶつぶつ言ってたけど、来てくれるの?」

「うん、俺が誘えば大丈夫だと思うよ。お肉楽しみにしてるよ~」
電話を切るとすぐソヌにLineするユリ。
─ 来週の日曜日空いてますか? 一緒にでかけたいんですが。
─ わかった。車で行こうか。
─ うん♡(車のほうがお酒飲まなくていいな)

「さぁ、でかけますか!」
機嫌がいいユリに、ちょっと不審顔のソヌ。
「どこいくの?」
「この住所で、ナビに入れますよ。ヒジュ姉さんの家で焼き肉をごちそうになるんです。いいお肉をもらったそうですよ」
「え? ジョンホ先輩の家?」
「そうですね、でももう大丈夫でしょ? 俺、先生をあらためて紹介したいと思ってるんですよ」

「まさか、俺たちのことを言うのか?」
「はい」
 ソヌは、車を動かせずに、考え込んだ。
─ ジョンホ先輩に私がゲイだと知られたら、いったいどう思われるんだろう。今までの2人の思い出も汚れてしまうんじゃないか…。怖い…。

「ユリ…」
「先生の言いたいことはわかりますよ。でも一生隠しておくの? いい加減バレたほうが楽でしょ。それに、俺がうまく言うから大丈夫。心配しないで、車出して? あ、途中お店に寄ってワイン買っていきましょう」
 ソヌはちょっと不安だったが、ユリの顔を見てると嫌とは言えなかった。

「いらっしゃい~!」優しい笑顔のヒジュとジョンホ夫妻に迎えられて、部屋に案内された。
「車できたの?」
「うん、先生の飲みすぎ防止のためにね」

「いいマンションだね。家賃高いんじゃない?」
「ユリはすぐそんなふうに。転勤から戻って、昇格したのよ」
「それはおめでとうございます」

「ソヌ、やっときてくれたな。いつも俺の電話には出てくれないくせに。ユリの誘いには乗るのかよ」
「これでもけっこう忙しいんです。ユリは強引だから、断るともっと恐ろしいことに…」
「ははは、こっちに座れよ」

「お義兄さん、先生は俺の隣にしてください」
「そうか? じゃあどうぞ」

「あなた、お肉焼いてくれる? グラスも持ってくるわ」

・・・・(閑話休題)

「ヒジュ姉さんもすっかりいい奥さんですね。幸せそうで何よりです。実は……俺たちもなんです。俺、ソヌ先生と付き合っていて、一緒に住んでるんです」
「え? ソヌと? どういうこと? いつから?」
ソヌの手が震えたのを見逃さなかったユリは、ぱっと手で押さえた。

「姉さんたちが光州に行った後です。俺が強引に口説いたんです。時間をかけてね。ソヌ先生だって、そんなんじゃなかったんですけど、ね。」
「ユリだって、女の子とずいぶん付き合ってたじゃないの」
「そう、でも初めて本気で好きになった人がたまたま男だったんですよ。しかたないです」
「そうか~! ソヌも大学のときはぜんぜんそうじゃなかったろ? 俺のことはずいぶん慕ってくれていたけど、まさかな。ソヌ、それでいいのか?」

「ええ、いつの間にかそんなふうで…。なんだかお恥ずかしいです」
「2人で内緒話しないでくれます? あと、気安く触らないでくださいね」「おお、こわっ! どうやらユリちゃんがご執心のようだな」

「あ、あの……。」

「ソヌ、どうした?」

「びっくりさせて申し訳ありません、先輩、ヒジュさん。わたしたちのこと、許していただけないでしょうか? 他の人にはどう思われてもかまわないんですが、おふたりには、わかっててほしいのです」

「先生……。そんなこと」
「ヒジュさんは、ユリの親代わりに優しく寄り添ってくれたと聞いています。親よりも親らしかったって。おそらくユリのことも一番ご存知のはずです」

「ユリは、小さい頃から可愛くて、きれいな子でした。頭もいいし、女の子には人気でしたけど、いざ付き合っても1週間ももてばいいほうで。ユリちゃん、そうだったんだね。わたしやっとわかった気がする」

「みんな俺を見た目だけでチヤホヤするんだ。ほんとの俺のことなんか、知りたくもないし、見たくもないんだ。ソヌ先生だけは、ありのままの俺をまるごと受け止めてくれる人だったんだ……」

「ユリちゃん、やっと見つけられたんだね」
「……うん」

「ジョンホさんは、お義兄さんは、どう思いますか? 気持ち悪いですか? 理解できないですか?」
ソヌの肩がびくっとする。

「あ…正直にいうとびっくりした。でも、ソヌの人柄は、俺もよくわかってるつもりだ。いいヤツだ。ユリが慕うのもわかる。ソヌが、こんなに真顔で頼んでることを無下にはできない。ソヌを信じるよ。
 ユリも、あまりソヌを困らせるなよ。こいつはなかなか嫌って言えないんだから」
「はい、善処します(笑)」
「笑」
「あと、お義兄さん、以前に失礼な態度をとって、申し訳ありませんでした。いつか謝りたいと思っていましたが、ようやく、言えました。大好きだったヒジュ姉さんを取られた気がして、ムカついてたんです。
何よりヒジュ姉さんの幸せを祈ってたはずなのに、ガキでした。すみませんでした」

「ああ、そんなことだろうと思ってた。やっと帰ってきたと思ったら結婚だったもんな。でもずっと気にしてくれてたのか。
 それに、2人のことを、打ち明けてくれたってことは、それだけ信頼してくれたってことだな。嬉しいよ」
「ソヌさん、ユリの表情がほんとに優しくなったのは、あなたのおかげね。ありがとう」

「ソヌ、ユリをよろしくな。ユリもソヌに負担をかけすぎないようにしてやってくれ」
ジョンホは、くったくなく笑って、ソヌとユリを見た。

「ありがとうございます」
ユリは、ソヌが頭を下げるのをみて、一緒にぺこりと頭をさげた。

─ ああ、やっぱりこの人が好きだ。以前とは少し違う形になったとしても。ヒジュさんと仲良くしてる姿も、ほんとうによかったと思えるようになった。

ジョンホを見つめるソヌの膝を、ユリがぺちっと叩く。
「お肉、焦げちゃいますよ」
ユリの顔をみて、苦笑いしながら、ソヌは箸を取った。

(fin)














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