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猫とパジャマ

 雨の日の仕事帰り、アパートの近くの路地に蝶のようなものが落ちていた。「死んでるのかな」と思いながらそばに近寄ると、横たわったまま、震えるように大きな紫の羽と脚を動かしていた。
 どうやら羽が濡れたか、傷ついてるのかもしれない。少し先の緑の植え込みに向かって這ってるようにも見えた。
 そっと手で掬おうとすると、一瞬大きく羽ばたくが、すぐ葉の上に乗せてあげることができた。
 ホッとして歩き出そうとすると、天の声がした。

「ああ、助かったよ。ありがとう。わしは神なのじゃが、不意な雨で動けなくなってのう。お礼に何か一つ願いを叶えてやろう」

「え?」
 周りを見渡すが、誰もいない。どうやら、わたしの脳内に直接語りかけてるようなのだ。

 ─ なんか昔ばなしみたいだな……。

 わたしはちょっと考えて、昨日のユリとの喧嘩を思い出した。
「蝶の神様、恋人がいつもわたしに嫌味を言ったり意地悪ばかりするんです。素直にさせることは出来ますか?」

「なるほど、それでは今度意地悪したら、猫に変身させてやろう」

「え?」
半信半疑のまま耳を澄ましても、もう声は聞こえなくなった。

 家に帰りシャワーを浴びて、ゆったりした清潔なパジャマに着替える。
「はぁ、気持ちいいな。しかし、あれってほんとなのかな……」

「バタン!」
「ユリ様のお帰り〜」
 ソファから振り向くと、ユリはまだ昨日の不機嫌をひきずっている様子で、わたしをジロッと睨んだ。
「珍しく寛いでんじゃん。どっかで浮気でもしてきたの?」
 あきれたようにじっとユリを見返すと、

「ボンッ!」

 なんと、ユリは「二ャーニャー」しか言えない猫に変身していた。
 わたしは笑いを噛み殺しながら、放心して喋れないユリを抱き上げて、夕方出会った蝶の神様の話をした。
「だから、お前が嫌味を言ったり、俺に意地悪すると猫に変身するらしい。
ほんとだったんだな!」
 おかしくて笑いがとまらない。

 ユリはわたしの胸に飛び乗って、引っ掻いたり噛み付こうとするが、やがてそれは逆効果だと気づいたようだった。
 頬や手をペロペロなめたり、おねだりの声で「ニャ~ン」とゴロゴロ甘え出す。よしよし。ちょっと試してみるか。黒猫ユリを撫でながら、大きな瞳を見て、聞いてみる。

「俺のこと大切に思ってる?」
「ニャ~ン」
「愛してる?」
「ゴロニャ~ン」

「ボンッ!」

急に魔法が解けて、元のでかくて重たいユリがわたしの体の上に現れた。
「うわっ! 重た!」

 ─ 魔法が解けたってことは、本心なのか? 

胸がドキドキした。
思わずびっくりしてユリを見つめると、
「だって、猫のままじゃ、困るじゃん。先生のパジャマのボタンひとつはずせやしない」
すねたようにユリがつぶやく。

「ははは!」
多分魔法は今日一度だけだけど、それは黙っておこう。

「何笑ってんの?」
ユリの指先が、わたしの頬から首筋、胸元へと撫でながら降りてくる。
ユリは口をぎゅっと噤んで(たぶん悪口を我慢してる)、パジャマのボタンを上から順に外していった。

fin.

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