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<小説>ハロー・サマー、グッバイアイスクリーム 第十二回 イエロージャーナリスト

少女売春組織の中間管理職鈴木が名古屋によく似た街で爆弾テロと政治的陰謀に巻き込まれていく。
爆弾事件が起きたホテルから脱出した鈴木に雑誌記者が接触してくる。

「これは下手をしたら、いや、上手くしたら戦争になるネタです。そんなネタが下手に転べばロリコン警官の不祥事に矮小化されかねない。少なくともテレビショー的にはね。そうなったら世論が動かない」
杉浦は顔の前で指を振りながらチッチッチと唇を鳴らした。
「矮小化させてやりましょう。それこそイエロージャーナリストの本懐ですよ。下世話なテレビショーのネタにしてやるんですよ」

あらすじ

Chapter 11 イエロージャーナリスト

  夕刊ゲンザイ 8月17日
「不審な現場状況?市警幹部爆死の怪」
 今季最大の花火大会が催された今月15日、市警幹部だったO氏(52歳・上級警部)が花崎町のホテルの一室で爆発に巻き込まれ死亡するという事態が起きた。
 警察は事故と事件の両面で捜査を進めているが、現場状況に不審な点があると語るのは事情通のAさんだ。
「そもそもホテルに一人でいたってことがおかしいですよ」Aさんは語る。
「勤務先の署から近いから仮眠のために部屋を取ったということも考えられますが、亡くなった上級警部の自宅は車で10分のところにあったんです。仮眠を取るにしても自宅へ帰ったっていいし、署にも仮眠室はあるんですからね。なんでホテルにいたんでしょうね?」
 更にAさんは続けた。
「極めつけは遺体の状況ですよ。下半身がほとんど吹き飛んでいるのに、上半身はほぼ無傷なんですよ。私もOさんのお顔は拝見しましたが綺麗でしたね。座っていたベッドの下に爆発物があったとも考えられますが、その割にはベッドなどにさほどダメージはない。枠は残ってましたよ」
 Aさんの眼光が鋭く光る。本誌記者Sはごくりと唾を飲み込んだ。
「下半身の内部、まあ肛門にね、爆発物を詰めて爆死したら丁度あんな具合になるでしょうね」
 壮絶な昇天、いや爆死だっただろう。
 しかしそんなことが可能なのだろうか?
「500グラムくらいの爆薬があれば旅客機に内側から穴を開けられますよ。その爆薬だってそこらへんの薬局やホームセンターで買えるものから自作できます」
 Aさんはこともなげに言った。
「自殺するにしてもそんなやりかたをしますか?また事故だとしてもたまたま爆弾が肛門に入ってしまい抜けなくなるなんてことありえますか?コントじゃないんだから」
「ならば市警幹部は暗殺されたと仰るのですか?」
「さあね、どうでしょう。まあ警察はフロントの監視カメラの録画を調べていますから何かわかれば発表しますよ。ただし発表できるのならですがね」
「発表できれば、ですか」
 本誌記者はため息をついた。Aさんは意味深にニヤリと笑って夜の街へ消えていった。
 死者に鞭打つようだが、亡くなったO上級警部には黒い噂が絶えなかった。違法賭博や売春組織との癒着は、関係者の間ではかねてより公然の秘密だということを本誌記者は複数の筋から掴んでいた。
 そのO氏が不審な死を遂げたのだ。公然の秘密とは、そして市警幹部爆死の真相とは。
 本誌は取材を続け、新事実が判明次第紙面にて報じるつもりだ。
 しかし、只事じゃない。本誌記者は首筋に薄ら寒いものを感じた。夏だというのにもう冷たい秋風が街に吹いた。
  《了》
 

夕刊ゲンザイ 8月17日

 典型的なトバシ記事だ。そして記者は作家志望なのか筆が滑りまくっているのがわかる上司か校正係は添削をしてやってくれ。読みながらそう思った。
 しかし内容はどのメディアよりも正確だった。夕刊ゲンザイから目を上げた。
 本誌記者が目の前にいる。Sこと杉浦だ。半端な長髪を掻き分けるのが癖だ。全体的に汗か脂でツヤツヤとしている。俺を安酒場へ呼びつけてひっきりなしにビールを飲んでいる。
「大原とあなたの会社の付き合いについてネタがある。話を聞きたい」
どこからか仕入れた俺の番号に電話をかけてきた。
 Oこと大原孝明上級警部はボスの古くからの客であり会社の危機管理コンサルタントだ。つまりケツモチだ。
 大抵ケツモチは地元のヤクザに頼むものだが、ケツモチを頼んだヤクザよりも強い組とトラブルになってしまえばケツモチはすぐに逃げる。そしてより強い組に更に多くのミカジメ料を絞られる。
 ならば始めから最強の組にケツモチを頼んでおこうというのがボスの理屈だ。
 構成員の多くは暴力を行使する訓練を受けているし、地廻りの構成員にも全員拳銃を持たせている。
 構成員を上下関係のヒエラルキーで硬く統制する組織力がある。
 日本全国津々浦々にまで支部があり、裁判所や検察にもコネクションが強い。
「公然の秘密ってことは常識ですよ、この死んだ大原とおたくとの黒い付き合いは」
 こいつは口調まで自分の書く記事に染まっている。「公然の秘密」やら「黒い付き合い」なんて言葉を振り回したがる。そういうのは口にしたら元も子もないだろう。
「大原はね、クズですよ。しかもそんなクズが警官だっていうだから尚悪い。権力を傘に着て好き放題やっていたんですよ。僕らの記者仲間や先輩でも、大原絡みの取材していたら、いきなり飛ばされたり、酷いのになるとヤクザみたいなやつらに脅されたりなんてことはいくらでもあるんですっ」
 苦々しさを流し込むようにビールを呷った。
「そもそもこの事件はどっかのいかれた連中のテロってことで捜査が進んでるんでしょう?大原さんににつては私もこの街に住んでれば色々と噂は聞こえてきましたよ。でもそれが私になんの関係があるんです?うちはただのタレント事務所ですよ」
「タレント、ですか」杉浦はまるっきり信じちゃいない様子で繰り返す。俺は芸能事務所のマネージャーだ。
「研修生は地方出身の子もいて寮に住まわせているんですよ。その寮の周りに妙な連中が待ち伏せしていたとか脅迫状が送られてきたということが何度かあって、大原さんを通じて警察に警備をしてもらっていただけです」
「つまりおたくのタレントの警備を依頼していたと」杉浦はまた「タレント」を強調した。
「当たり前でしょ?よそのお嬢さんをお預かりしているんですから何かあったら親御さんに顔向けができない。未成年者が住む寮に不審者がいるんだから、それを警戒するのも警察の業務じゃないですか。ここを取り上げて癒着だなんて言われても困りますよ」
 うんざりとした表情を作った。相手には捜査権もなければ逮捕権もないただのブン屋だ。白を切り通せばいい。
小夏の部屋に散らばっていた除光液やら脱色剤やらのお徳用パックや分解された車のバッテリーのことをこいつに話す義務はない。ガソリンの携行缶のこともだ。
田中にいわせればそれだけの材料と器具と最低限の化学知識があれば過酸化アセトンという爆薬が作れるらしい。
 ガソリンに猫砂を混ぜて作った簡易ナパームと一緒に爆発させれば焼夷爆弾としては十分な威力になる。部屋の壁や床にへばりつた燃料が一切の痕跡も焼き尽くす。
 しかし、そんなことは、俺に、一切関係がない。シラを切り通すしかない。
「私はなにも知りませんよ。何回だって言いますよ」
 しかし、シラを切り通せる次元じゃない、というのも頭をよぎる。これまで何度かこの手の連中の相手をしたことがあるが、大体は大原に処理を依頼していた。
 事件報道を警察発表に依存するマスコミにとつて大原の影響力は大きかった。従来であれば大原を通じて記者会見から締め出したり、捜査幹部への張り付きを拒否させれば事件報道は成り立たなくなる。独自取材や調査報道に予算を割かなくなったマスコミに飼われている記者連中には致命的だ。
 しかし、その窓口だった大原は死んだ。窓口が異動する場合は、口が硬く頭は柔らかい部下を後任にするため申し送りをしておくのが通例だ。当然ながらそんな根回しをする時間はなかった。大原は倒錯的なセックスの最中に急死したのだから。あいつは十段前半の女に腕くらいのディルドで肛門を責められないと射精できない男だったのだ。
「でもね、話はもうそういう次元じゃないんですよ。何度かおたくについて調べてた同業者がいきなりネタを投げたって話は聞いたことありますよ。まあ大原が手を回したっていうのが僕らの中での定説ですがね」
「確かにあなたみたいなのに付きまとわれて困っていると大原さんに相談したことはあります」
「でもね、その大原が死んだんですよ。汚い花火になってね」
 唇を脂でぬらつかせて杉浦は言った。「汚い花火」というフレーズが気に入ったのか語感を確かめるように小声で繰り返した。次回のタイトルにでもするつもりなのか。だとしたらセンスは最悪だ。そればかりではなくこいつの衛生観念も俺の我慢を試している気分になる。鼻の毛穴かな白い皮脂がはみ出ていた。
「ええ、大原さんは亡くなりました。でもそれがどうしたっていうですか?うちは小さいですがまともな商売をやっているんです。わけのわからない言いがかりをつけるつもりならやめてください」
 杉浦は黙った。俺の語気に横のテーブルも黙った。
「でもね、鈴木さん。もうとっくに大原がどうしたってスケールじゃないんですよ。あとあなたのご商売もどうでもいいんです」
 そんなことはわかっているだから必死に白を切っているんだろう。
 杉浦はテーブルに乗り出していた上半身を引っ込めて鷹揚な声色を作った。
「ご自身がどういう立場かおわかりですか?」
 ロリコン相手のポン引きだ。それ以上でも以下でもないし、なりたくもない。
 俺が黙っていると杉浦は唇の右だけを数ミリ釣り上げてテーブルの上に散らばっていた事件翌日のスポーツゲンザイの一面見出しを指した。
 
 テロルの花火 死者3名 南方組織が犯行声明か?
 
 南方組織が関与を匂わせる声明を出していた。国内では珍しい本格的なテロだという話が盛り上がっていた。それにしてもこいつの言語センスは最悪だ。
 
「いいですか、鈴木さん。警察幹部が何者かに爆殺されて、南方の組織が関与を匂わせた。そしてその何者かを現場まで送り届けた謎の人物。それがあなたです」
「その割には私のところに警察がきませんが」
「それはね、警察に別のところから横槍が入っているんだと僕は踏んでいます」
「というと児童福祉局ですか?未成年者にいかがわしい行為をさせている疑いで?」
 杉浦が今度はふふっと笑った。こんなやつを笑わせてもなんの得もない。
「それも関係なくはないですね。警察としても大原の少女趣味がこんな事件につながったというのは隠しておきたい。だから下手にあなたに手を出せない。まあこれは警察サイドの都合でしょうが、ただそれに横槍ををきかせているのは、もちろん児童福祉局でもない。もっと上です。いわゆる高度に政治的な判断ができるレベルの」
 俺は黙って杉浦を促した。
「軍、ついでにえば政府そのものです。これは下手をしたら、いや、上手くしたら戦争になるネタです。テロへの報復として堂々と軍を送り込める口実ですよ。そんなネタが下手に転べばロリコン警官の不祥事に矮小化されかねない。少なくともテレビショー的にはね。そうなったら世論が動かない」
 戦争になったら田中は喜んで前線へ行くだろう。満願かなった戦争で野球仲間とも胸を張って肩を並べられる。しかしそれはあまりにも
「でかすぎますよ、話が。こっちはポン引きですよ」
「タレント事務所のマネージャーでは?」
 奴が愉快そうに言った。
「似たようなもんですよ。とにかく、そんなでかい話に巻き込まれたくないんです」
「既に巻き込まれているんですよ。そんなでかい話にね」

「それで俺になにをさせようっていうんですか?」
杉浦は顔の前で指を振りながらチッチッチと唇を鳴らした。
「矮小化させてやりましょう。それこそイエロージャーナリストの本懐ですよ。下世話なテレビショーのネタにしてやるんですよ」
 杉浦はジョッキに残ったビールをごくりと飲み干して続けた。
「顧客リストやその手の証拠をください」
「そんなことしてもフェイク扱いされて終わりになると思うんてすよね。そんなことに俺を巻き込まないでほしい」
「フェイク扱いされても痛くも痒くもないのがうちの強みですよ。それに鈴木さんにもメリットは、というか身の安全に繋がるかもしれない」
 杉浦は意味有りげに言葉を止めた。もうその顔にはうんざりだ。
「というと?」
「一度ネタになってしまえば火消しはしにくい。つまり渦中の人になった鈴木さんになにかあればネタの信憑性が増す。もちろんプライバシーは保証します。匿名の情報提供者でいい」
 杉浦は自信満々な声で言い切った。自分の言葉のキレに満足したのか大声で店員を呼びビールを頼んだ。
 「花火のテロル」以降どこの安酒場も繁盛していた。
ツインタワー付近に集まっていたこの地域の製造業の中枢が麻痺しているのだ。どこの工場もかねてからの減産体制に拍車をかけて末端の日雇い作業員が大量に雇止めにあった。ぶれた連中が街に溢れているのだ。
妙な熱気がニシにこもっていた。自棄な熱気だ。絶望を通り越したところにある妙な開き直りのようななにかだ。
 その後ろ向きのガッツとアルコールと体臭が騒音となった熱気だ。それが店に、そして街には満ちていた。
「それって銃を向けられてガソリンをかぶって対抗するような話ですよ」
 杉浦はにやっと音がしそうな笑顔を作って言った。
「それぐらいの覚悟をしなきゃいけませんよ。生き残りたかったらね」
 
 ドン
 
 爆発音が聞こえた。壁が震えたような気がした。店内が一瞬で静まる。

第十三回に続く
隔日更新予定
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