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<小説>ハロー・サマー、グッバイアイスクリーム 第十八回 人道的な配慮

少女売春組織の中間管理職鈴木が名古屋によく似た街で爆弾テロと政治的陰謀に巻き込まれていく。
空港から拉致された鈴木は中尉を名乗る爽やかな男井上に引き合わされてホテルに軟禁される。

男は転職サイトの広告バナーで微笑んでいる広告代理店の若手社員という雰囲気だ。
 向き合うと若手社員は名刺を差し出した。名前と電話番号だけが印刷されていた。

「井上です。よろしくお願いします。所属は載せていませんが、一応は統合参謀本部情報室の中尉です」

あらすじ

Chapter 17 人道的な配慮

 車は空港から出るとそのまま海岸沿いの道を走った。花火見物客の路上駐車が多く蛇行して進む。
 女の運転は荒かった。殺されかけたばかりなのだから仕方ないだろう。まだ肩を上下させている。
 俺だってそうだ。動悸は止まなかったし、現実感が戻ってこない。
 しばらく進むうちに感覚だけは少しずつ戻ってきた。
「もし動けるなら座席についてシートベルトを締めて下さい」
 耳鳴り越しに女の声が聞こえた。平坦な口調だったが声は少し震えていた。大人しく従う。ドアを枕にしているのは首が痛くなる。俺は座席に座り直した。
「交通違反で捕まると厄介なんです」
 ミラーの中で安藤が眉根を寄せて視線を前に戻す。
 聞きたいことは色々とあったが、まだ感覚がぼんやりとしていて話すのが億劫だった。 安藤が説明する気があるならそのうちするだろうし、する気がないならいくら聞いても無駄だろう。
 そしてどんな目的にしても、俺を拉致するために二人死なせているくらいだ。俺がいくら拒否しても大人しく帰れるわけはなかった。
 そして帰る場所もない。俺はドアに体を投げ出した。
 左手で花火が上がった。船から上げているのだろう。海面に模様が反射していた。
 だからどうした。
 花火くらい今更どうした。爆弾事件が流行しているんだ。そんなことより漏らした小便で腿に張り付くズボンが気持ち悪かった。
 
 車はそのまま北上した。ツインタワーが見えてきたあたりまで覚えている。
 小夏が爆破した方の棟は灯りが少なかった。しかしそれでも大して変わった様子はなかった。
 
 車が停まる感覚で目が覚めた。
 眠っていたわけではない。一度に色々なことが起きて脳味噌の処理落ちしたのだと思う。目の前で人間が撲殺されるなんて人生でそうそうは起きない。
 ヒガシのオフィス街の、ありふれたビジネスホテルだった。
 運転席を見る。安藤がミラー越しに起きろと目で促した。
 ドアを挟んで目の前に男が二人立っていた。出迎えではなく、待ち構えていたという様子だ。
 一人は空港で田中に殴り殺されたような体格の良い無表情な男で、もう一人は転職サイトの広告バナーで微笑んでいる広告代理店の若手社員という雰囲気だ。
 無表情がドアを開けた。隙間から若手が顔をつき出す。
「色々と大変だったようですね。報告は聞いています。部屋を用意してあるのでゆっくり休んでください」
 降りたくないと言ったところで無理矢理引きずり出されるだろう。俺は鞄をつかむと大人しく降りた。
「鞄はそのままでお願いします。後でお返ししますので」
 若手が俺を制した。丁寧な口調だが有無を言わせない傲慢さを感じた。
「着替えなんか入ってるんですが」
「こちらで用意しました。部屋に置いてあります」
 俺は鞄を車に戻す。着替えとキムの弁当くらいしか入っていない。さすがに弁当はもう駄目になっているだろう。若手社員は名刺を差し出した。
「井上です。よろしくお願いします。所属なんかは載せていませんが、一応は統合参謀本部情報室の中尉です」
 杉浦の予測は当たっていた。軍が介入してくる。しかしこの男は口調といい全く軍人には見えない。仕事帰りにはフットサルでもやっていそうだ。
「そんなにあっさり名乗って大丈夫なんですか?」
「この件については大丈夫です。むしろ早めに明かしたほうが僕たちの目的にすんなりとご理解がいただけるかと」
 井上は腰を屈めると窓越しに安藤へ手を上げて促した。安藤はそのまま車を発進させた。
「安藤がそういう人間だったとは気付きませんでしたよ」
「いえ、安藤さんも、あと空港へ派遣した二人も正確には僕の部下ではありません。まあ外注業者みたいなものですね」
 田中に撲殺された二人だ。外注なら殉職扱いにはならないのだろうか。
「安藤をわざわざ潜り込ませて、軍内の犯罪調査でもしていたんです?うちの会社の顧客には軍の人も結構いましたし」
「そういうのは憲兵さんの仕事ですよ。うちは情報屋ですからね。ロリコンを取り締まるのは仕事じゃない。でも鈴木さんの会社の顧客に興味があったという点では正解です」
 正解をもらっても嬉しくともなんともない。そして俺がなにを理解しようとせまいと何かをやらされることに変わりはない。
「しかし、こんなことになるとは思っていませんでしたけどね。まあお疲れでしょうから部屋でお休みください。詳しくはまた」
そう言うと井上は停めてあった車に乗り込んで去っていった。
 無表情が俺を部屋へ連れていった。9階の角部屋だ。
「朝、迎えにくる」無表情はそれだけ言うと俺を部屋に押し込んだ。無表情な部屋だった。シングルベッドとテレビと冷蔵庫が効率的に配置されている。
 どこのビジネスホテルも同じだが良心的な刑務所といったレベルのホスピタリティだ。
 俺はベッドに倒れ込む。眠ろうとした。ここまでくると俺がなにかをしたところで事態はなにも変わらない。わかっていた。前からずっとだ。だから眠るしかない。
 眠れるわけはなかった。小便で濡れた腿が痒くなってきて仕方なしにシャワーを浴びることにした。ベッドに並べられていた新品の衣類の中からパンツを取って浴室へ向かった。どの服もサイズはぴったりだった。

第十九回に続く
隔日更新予定
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