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<小説>ハロー・サマー、グッバイアイスクリーム 第十回 炸裂

少女売春組織の中間管理職鈴木が名古屋によく似た街で爆弾テロと政治的陰謀に巻き込まれていく。
鈴木は少女小夏を客に届けたあと自らの男娼時代を回想しながらうたた寝をするも突然巨大な爆発音が響く。

どん、と花火の音がした。地下にいるのにそれははっきり聞こえた。空間が震えている。遅れて騒々しいサイレンが鳴り始めた。 守衛室では二人の警備員が慌ただしく壁の警報器を操作している。

あらすじ


Chapter 9 炸裂

 1時間ほど体と脳の連携を切るだけで、荷揚げ仕事3日分の金になる。スイッチの切り方は、他人の好意とその裏側にありがちな優越感に頼って生きる中で自然と身についたことだ。福祉制度が与えるものは必要最低限度をギリギリ下回るものだけで、足りない分は自力で補うしかない。
 まず他人が自分に向ける目線を読み取ることを覚えた。
 海辺の街の保護シェルターから児童施設へ送られた。
 乳児院から出たばかりの赤ん坊から18歳までが一緒に生活していた。
 通学に自前のバスを走らせていた。そのバスの座席から通行人を観察する。何人かに一人はバスの車体にプリントされた施設名を見ると、目線を伏せるが、すぐに盗み見るような目になる。またボランティアの中にも同じ目をする奴がたまにいた。哀れみだ。
 その目線が、俺を哀れまれる子供にする。
 ちょろいものだ。ツボを押さえた笑い方と、いくつかのテクニックを駆使すれば連中からは最大限のものを引き出せる。
 例えばボランティアの転がし方はこうだ。時間になって帰り支度を始めると、そいつの袖か裾を軽く掴む。いや、掴むよりも軽く、親指と人差し指だけでつまむくらい。つままれたことに気付かなければ意味がないが、気付かないふりをして振りほどけるような力加減が重要だ。そいつが気付かないふりをして振りほどいて振り返ると笑顔を向けてやる。
 吐き捨てられたガムを踏んだみたいに気持ちの悪い罪悪感をそいつになすりつけてやる。そして次に来る時は俺にだけこっそりと土産を渡す。何人かは別れ際に俺をハグするようになった。
「こんないい子を捨てるなんて」と決まって呟く。俺は何も感じない。母親の姿も浮かばない。コネクトを切る。
 
 最初の男は俺のペニスをしゃぶりながら勝手に自分で済ませた。俺がシャワーから戻ると、黒革の長財布から札を数枚取り出し俺に握らせる。そのまま俺の手を握って「大変だろうけど頑張るんだよ」と言った。頬に俺の陰毛がついていた。
 俺が施設を出たのは最低限の教育期間が終わってすぐだった。施設長の紹介で荷揚げ仕事を斡旋されて、施設の4人部屋から壁の薄いアパートへ引っ越した。やはり必要な最低限度をギリギリ下回る給料だった。足りない分は自力で補うしかない。
 職場の近くにあったその手の連中が集まる公園へ週に2度は寄った。値段交渉は極力相手に喋らせることで、決定権はこちらにあることを暗に示した方がいいと学んだ。
 どいつも俺を見る目は同じだ。つまり時間いくらの有料便器だ。物腰が柔らかくても、乱暴でも共通している。じゃあ便所になればいい。コネクトを切る。
 大抵の利用者は気持ち悪いほど優しかった。もしかしたら自分の息子と同年代かもしれない子供に精液を処理させることへの罪悪感が、猫なで声を出させたのだろう。しかしそうじゃない利用者もいる。
 部屋に入るなり滅茶苦茶に犯されたことがある。
 その男は俺をうつ伏せにベッドへ押し付けると、唾を塗ったペニスを俺の肛門に挿入した。おしくらまんじゅうをするように腰を振った。体を前に倒し俺の背中や首を舐め回して、振るたびに「ほっほ」という運動不足の課長補佐の運動会みたいな息が俺の耳に当かかる。だぶついた腹回りが波打って俺のケツにあたる。しばらくすると異物を排除するために腸液が滲み出てきた多少楽になってくる。痔が切れないように肛門の力を抜くことにだけ集中して、ゆっくりと呼吸を維持した。
「みなさんで利用する便器です。丁寧に扱いましょう」
背中に張り紙でもすればいいのか。そんなことを考えていた。
 男は俺にたっぷり流し込んでからずるりとペニスを引き抜くと
 「ごめんね、痛かった?」と言った。足でも踏んだみたいに。うすら笑いながら。
 痛くないわけはない。肛門にビール瓶も突っ込んで抜き差しされてみればわかるだろう。腸液と精液が裂けた部分にしみてまともに座れもしない。しかも直腸に精液を出されると腹部全体がだるくなって不快で、2日は下痢が続く。
 
 しかし痛くなかった。苦しくもなかった。
 痛みすら感じない便器として見られたら、痛みすら感じない人間以下の便器になればいい。そうすれば何も痛くない。
 
 課長補佐は俺に約束の3倍を握らせると、それから月に2度は俺を呼び出すようになった。そいつと会うときはあらかじめ肛門にいちじく浣腸でローションを仕込んだ。
 何度目かのときにボスに引き合わされた。男はボスからいくらかの金を受け取ると去っていった。
 俺はボスと課長は便器の使い回しができるほど仲の良い友人だと思った。
 例の洋食屋で俺に飯を食わせたのも、そういうデートっぽいのが好きな利用者だと思った。俺が出されたワインに顔をしかめると、甘いポートワインを注文して俺に与えた。
 酒は初めてではなかったが、その甘さに酔ったのだと思う。
  ボスの長口上は相変わらずで、その声を聞いているうちに全部が溶けてしまった。
 グラス2杯でぐったりとした俺を店のウェイターに車まで運ばせるとどこかのホテルに車をつけた。その頃のボスはまだ専属の運転手がいる立場ではなかった。俺を部屋まで担ぎあげた頃にはボスの薄いシャツは汗で湿っていた。俺もじっとりとした汗をかいていた。
 その背中は葉巻と汗とクリーニング屋と、柑橘の沈香の香水が混じっていた。 
 部屋のベッドに俺を寝かせると、ボスは俺の服を脱がした。シャツのボタンを一つずつ外し、ベルトを外しパンツを脱がせた。
 俺もボスのベルトに手を伸ばしたが、ボスは構わず俺の服を脱がし続けた。俺を裸にすると腕を自分の首に回すと浴室へ連れていった。ユニットバスの浴槽に俺を座らせると、湯温を自分の手に当てながら調整してからシャワーを頭から浴びせた。
「体も洗ってほしいの?」
 大雨の窓越しみたいな視界の向こうでボスが笑っていた。
「名刺置いておくから、起きたら電話して」
 ボスは出て行った。
 シャワーから出るとテーブルの上に名刺と水のボトルが置いてあった。俺は水を飲むとそのままベッドに倒れこんだ。エアコンでひんやりとするシーツに裸のままくるまるのは気持ちが良い。
 部屋にはまだボスの匂いが残っていた。俺はそのまま眠った。
 
 胸が震えた。ジャケットの内ポケットにいれた携帯デバイスがピーピーと鳴きながら振動している。目をこすりながらデバイスを取り出した。
emergency
 ディスプレイにはそう表示されていた。ダッシュボードの上に置いた眼鏡を取ると車から降りてエレベータへ向かう。ため息もでる。呼ばれている以上は行かなければいけない。しかし厄介なことになっているのももう決まっている。
 どん、と花火の音がした。地下にいるのにそれははっきり聞こえた。空間が震えている。遅れて騒々しいサイレンが鳴り始めた。
 守衛室では二人の警備員が慌ただしく壁の警報器を操作している。

第十一回に続く
隔日更新予定
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