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トシオくんの話

大学時代に一人暮らししていたあの街では、よく不思議なことが起こった。特に印象に残っているのが、あの街でよく見かけた小学1年生くらいで、痩せっぽっちの男の子のことだ。

男の子はいつも1人でいた。街のあちこちで。数日に1度は、見かけたよ、と仲間内で話題に上る。

あるときは、夜、急に道路に飛び出してきて、ドライブ中に驚かされた。助手席にいた私が「子ども!危ない!」と叫び、運転手の友人が急ブレーキを踏んで止まる。あたりを見回すと、特に誰もいない。後ろの席から乗り出してフロントを見ていたもう1人の友人は「なぜブレーキを踏んだの?何もないのに」と聞いてくる。あの男の子は足が速いので、すぐに姿をくらましてしまうのである。

当時流行したホラー映画の影響で、私たちは彼を「トシオくん」と呼んでいた。何人もが見ていたので、彼は幽霊だという派と、実在だという派が混在していたのがおかしかった。

大学生ともなれば、皆で誰かの家に集まって朝までゲームをしながらバカ騒ぎをする…なんてこともよくあったが、あの日も夏だったと思う。

まだ夜が明けるか明けないかの時間帯。いつものように深夜過ぎまで遊んだ後に、友人数人と連れだって各々の自宅へ向かっていた。道すがら、いくつも並んだ古い団地の間の細道に入る。数棟の団地を通り過ぎたところに、小さな公園があった。誰もいないはずの、静まり返った団地の公園で、男の子が一人ブランコを漕いでいるのを見かけた。

小学1年生くらい、痩せていて、どこかうっすら汚れたTシャツと、ハーフパンツの出立ち。

年の頃や背格好も特徴が同じであるにも関わらず、彼がよく見かけるあのトシオくんだとは、なぜか誰も思わなかった。

夏の夜明けは早いと言ってもまだ4時か、それよりも前の時間帯だったと思う。段々と夜明けの気配はしていたが、まだ人の出歩かない時間帯である。歩いている道すがらも誰に会うこともなく、私はなんだか夢の中にいるようなふわふわした心持ちだった。

仲間内の1人が、公園の入り口から男の子に向かって声をかけた。

「朝早くから、何してるのー?」

男の子はハッと顔を上げるとすぐに「遊んでる!」と言いながら、嬉しそうに駆け寄ってきて、言った。

「遊ぼう!」

仲間たちはみんなびっくりして「こんな時間に遊ばないよ」「俺たちももう帰るから」と慌てた。

私も話しかけたと記憶している。

「一人で遊んでたの?」
「そう。」
「お母さんとかお父さんは?」
「まだ寝てる。」

友達の一人が「名前は?」と聞いてみたが、名前は教えてくれなかった。知らない人に個人情報は教えない、しっかりした子である。

色々と他愛もない会話をしながら、ずっと私たちが歩く道をついてくるので、少し一緒に歩いた。公園が遠ざかり、大丈夫かな?と思って、もう帰りなよ、お母さん心配するよ、と仲間たちが口々に声をかけた。

男の子は楽しそうに嬉しそうに「大丈夫!」「もう帰る!」と言いながら、薄明るい道を着いてくる。とにかくニコニコしてかわいらしい子だった。

このまま着いて来られても困るし、流石に家族のことが心配になって、一度みんなで公園まで戻ることにした。送り返すために公園まで戻った時、空はもうすっかり明るかった。

しかし、肝心の男の子はというと、忽然と姿を消していたのである。

数人一緒に歩いていたのに、誰も、男の子がいつ、どこでどう去っていったのかわからない。

はて?と私たちは不思議に思ったが、深入りしなかった。帰ったのならそれでいいだろうと、また各々帰路についていった。

その時には、仲間内の誰ひとりとして彼をまさか幽霊だとは思っていなかったし、今でも普通に実在した早起きの男の子だったのかもしれないと思っている。なので、怪談話なのかと問われると、微妙なところなのだ。

しかし、当時の仲間とあの日の話をすると、ある者は「そんな出来事は無かった」と言うし、ある者は「あれはとても不気味だった」という。なかなか趣深い思い出である。

通称トシオくん、驚かされることが多かったが、1人で遊ぶのは寂しいことだったろう。

あの日を時々思い出すが、一時的にでも、彼の寂しさを紛らわすことが出来たのであれば、なによりです。


#2000字のホラー

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