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自分の道

その昔、ヒトは自分の好きな仕事を選べていたという話を聞く。どれほど前の事なのかは誰も知らない。俺は今日も決められた仕事だけをこなして日銭を稼いでいる。親父も、爺ちゃんも同じだった。



「一人で跳ぶのは今日が初めてなんだけど大丈夫かしら?」
ここらじゃあまり見掛け無いような良い身なりのお姉さんが不安そうにこちらの顔を覗き込む。
「大丈夫ですよ。行先を知らない訳じゃないんでしょ。」
「ええ、でもいつも誰かに案内してもらっているから。」
「案内があるかなんて関係ないですよ。その場所を知っていて、上手いこと頭の中に思い浮かべれば失敗しないから。」
「そういうものなのかしら。」
お姉さんを陣の上に押して背中を叩いてやる。
「さあ跳ぶよ!」
ようやく観念したようなお姉さんの顔を見て、俺はグッと全身に力を込める。陣が少し熱くなってきた。
「熱いんだけど!」
「いつも通り、大丈夫さ。きっとうまく跳べるはず。」

どんな事情が有るのかは知らないが、こうやって駄々をこねる人は一定数いる。でも失敗した人なんて見たことない。俺だって随分と前からこの仕事をしてる訳だし、跳ぶ人だってそれなりに強い想いがあって跳ぶんだ。滅多な事じゃ失敗しないだろう。


でも珍しく、お姉さんは存外暴れた。
「ちょっと、そんなにするなって。手とか足とか、陣から出た所だけ置いてかれちまう!」
お姉さんには俺の声が届いていない様子だ。陣が火傷する少し手前くらいまで熱くなりポワッと光り始めた頃、一際大きく揺れたお姉さんの袖が陣の外に出てしまった。
「あぁ~。」
後ろで見ていた客からも声が漏れる。そうして、次の瞬間にお姉さんは跳んでしまった。洋服の袖の先だけがボトリと地面に落ちる。落ちた布切れにはカフスボタンが光っていた。

「どうすんだい、お前さん。」
次に待っていた客が聞いてくる。
「あの人、ここに戻って来れると思うかい?」
俺が質問を質問で返すと、客はやっぱりねという顔で首を横に振る。
「だよなあ。あれだけ暴れてて、ここまでしっかり跳び戻れるわけないわ。」
今日は終いだ。待ってた客は文句を言いながら列を崩していく。そんな事を言ったって仕方がない。どうしようも無いんだから。

普通のテレポ屋は置いてかれた荷物を送ってやったりしない。でもうちは違う。親父も、爺さんも、ずっとそうやってきたから。金にもならん仕事なんだけど、何故だかそうしてきたんだ。
テレポ屋をやってるからといって、特別お客の行先を知ることが出来る訳じゃない。どこに跳んだか調べるには、残った陣の波を読まなきゃいけないから時間が掛かる。それだけじゃなく、カロリンもそれなりに消費する。

結局、跳び先の見当を付けるのには夜まで時間が掛かった。しかも、跳び先はゴンゴビの砂漠ときた。「はてさて、いつお姉さんに会えることやら。」思わず独り言ちてしまう。砂漠に跳ぶと訳も分からず砂嵐に巻き込まれる事もあるし、なにより景色がつまらんのでなるべくなら行きたくは無い場所だ。とはいえ、さっさと向かわないとお客が遠くに行ってしまうし、先延ばしにする手はない。俺はカフスボタンをポッケに入れると、読み解いた陣の波を基にテレポした。


夜の砂漠はグッと冷え込む。幸いなことに砂嵐ではなかったが、上着を着てくるのを忘れてしまい気分は落ち込む。足跡なんてとうにかき消えているし、えいやと適当に月に向かって歩き始めた。

しばらく歩いていると、遠くの方に灯りが見えてきた。月の光が砂漠に反射しているのではなく、ユラユラと揺れている。あれは人がランタンを持っている時の灯りだ。あんな身なりの良い女性だから一人で遠くまで行ける訳が無いと思っていたが、思ったよりも近くて心の荷が下りた。
「おい!昼のお姉さん!」
声を掛けながらお姉さんの方に向かう。

お姉さんは折り畳みの光石ランタンを揺らして下を見ながら歩いていた。俺が声を掛けているのにも耳を貸さない。幻聴か何かと間違えているのだろう。
「ちょっとちょっと!ほらこれ!」
もうあと数十フィントの距離になってようやく、お姉さんはこちらに向けて顔を上げた。俺が掲げているボタンを見てハッとした顔をする。

兎に角、無事に忘れ物を渡したので俺は帰ろうとした。でも、姉さんは光石ランタンをしまった後、どこに行こうとするわけでもないようだ。
「冴えないね。」
俺の悪い癖が出る。別段、相手に興味がある訳では無いのに話し掛けてしまった。
「そんな顔に見えるかしら。」
「ええ、とっても。」
「私、行く所なんて無いの。」
「そうかい。でもここに跳んできたのは、お客さん自身がここを思い浮かべたからだよ。」
お姉さんはカフスボタンを触りながら会話をする。ここまで来れば、いくら無学な俺だって何かしら感じ取れるというものだ。
「じゃあ帰るよ。」
お姉さんの腕を掴んで、街に跳び戻った。

「ちょっと…」
周囲が街の景色に戻ってから、お姉さんが文句を言いかけた。
「俺は別に好きでテレポ屋をやってる訳じゃないけどね。それだって幾らか考えることはあるんだよ。」
掴んでいた手を放し、お姉さんを路地に押し出す。
「片道切符のテレポなんてものはまっぴらごめんさ。さあ、どこへだって帰んな。」
お姉さんはまだ何か言いたそうな顔をしているが、これ以上何を言ったて無駄な物は無駄だ。俺は自分の家へと引き返す。



その昔、ヒトは自分の好きな仕事を選べていたという話を聞く。どれほど前のことなのかは誰も知らない。もしも、何にでもなれる世の中だったら何を仕事にしていただろうか。そんな無為なことを考えてしまった。結局、俺は俺のやり方でしか物事を扱えないのだ。どうせまた、お節介なテレポ屋をやっているような気もする。
さっきまで砂漠にいたからなのか、今晩は少し暖かいようだ。

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