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2018.10-2019.01 賢島で働く #05 | バックヤードいろいろ

優雅な空間だからといって
バックヤードもスマートとは限らない。むしろ、逆。
段取り命。余裕などない。

わたしはセルフサービスのラウンジ勤務で
簡潔にいうとフロアをいつも同じ状態に保つことが仕事であった。

基本的には1人ですべてをこなさなければならい。
フロアの清掃から飲食物の補充、洗い物(洗浄から乾燥、補充まで)、効率的にこなしていかなければ間に合わない。
明らかに利用者が多い時間帯と片付けのときには2人で組んでいた。

まずフロアはいつも整った状態でなければならなかった。
ソファの配置、クッションの置き方、新聞紙の並べ方、乱れは許されない。
だが、手が回らないときに限って、お偉いさんが巡回に来るのだ。なぜだ。なぜだ。なぜなんだ。

それから飲食物は常になくならないように気を配らなければならない。清掃や洗い物で現場を離れる場合はとにかくぱんぱんに補充した。補充を怠ると自らの首を締めることになる。

そして、問題は食器の洗浄である。
グラスもお皿もどう考えても足りていなかった。どんどん洗浄して回転させないと利用数に追いつかない。

波がふたつくらいあって、
ひとつの波を乗り越えたら
また次に来る波に備えなければならない。
逆に備えることができれば難なく乗り越えられるのだ。
初めのうちは余裕もなく半べそかきながら表と裏を走り回っていた。どんなに急いでも、早さでは劣る。ならば、早くなるように訓練しますというより、どう楽するか手間を省くかは妙に思いつくタイプである。
慣れてくれば、どうすれば後で自分が困らないかわかるようになった。

最悪なのが、まったく備えずに荒波に放り込まれるときであった。
中抜けから帰って現場に入ると、
フロアが乱れまくっている。
それはもう笑えてくるほど。
待ち構えているのは補充地獄と洗い物地獄である。

それは決まってある先輩から引き継ぐときであった。

率直にいって、その先輩は仕事ができなかった。
しないだけなのか、働きすぎて思考能力を奪われているだけなのか。さらに厄介なのは、無駄にプライドが高かいところがあって正面からいくと非常に面倒くさかった。
唯一の救いは単純な性格だったことである。根は悪い人ではなかったから、なんとなく憎めないキャラだった。むしろ、明らかにドジなのにそう思われているとは思わず虚勢を張っているところが愛されていたのかもしれない。

ある日、2人で仕事をしていた時のことである。
忙しいときほどイレギュラーなことが起こる。
あまりにもお行儀が悪い集団がおり、注意をしたのだが
酔っ払っていてまったく聞き入れてもらえなかった。

バックヤードで片付けをしていると
先輩は深刻な顔つきで近づいてきて「あかん、寝耳に水や」といった。
業務上の急な変更、無茶振りとも思える指示はよくある職場だ。こんな大変なときに、上司からさらなる無茶振りをされたのだろうかと心配して
「またなんか部長から新しい指示ですか?」と聞くと
「は?だから、寝耳に水って、こっちの話はぜんぜん聞いてないってことだよ!」と、
わざわざことわざの意味を説明してくれたのだ。

それをいうなら「馬の耳に念仏」である。

しかし、そのときの瞳があまりにも真っ直ぐすぎて
とうとう訂正するタイミングを失ってしまったのである。ごめんなさい。

つづく(たぶん)

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