スピノ

本の感想と、たまにお話。

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  • 心に効く薬局

    心が疲れてしまったあなたへの短編小説。

  • ぷかりの、遊園

最近の記事

心に効く薬局 #2

 何もかもが嫌になって、会社帰りにディスカウントストアで練炭を買った。家に向かう途中で「心に効く薬局」という看板が気になり、怪しいとは思ったが「どうせこの後死ぬんだから」と入ってみた。  店番は熊が一匹。ますます怪しい。 「何か悩んでいることなどありますか?」と聞かれ、熊に悩み聞いてもらうなんてなあと思ったけど、「どうせこの後死ぬんだから」と全てを話した。すると熊は店の裏へ一度引っ込み、何かを持って戻ってきた。 「これを」と手渡されたのは、水玉模様の封筒が一封と、手描きの地図

    • 心に効く薬局 #1

      「心に効く薬局」という看板に吸い寄せられて、気が付いたら店内にいた。  奥から出てきた店員は熊だった。「熊かーい」と思ったが口には出さなかった。熊は「何かお悩みなどありますか?」と言う。喋れるんかーい。  そういえばここのところ、夜になると何故だか頭がモヤモヤしてなかなか寝付けない。それを相談すると、 「あなたのモヤモヤは苦しさから? それとも虚しさから?」  と、風邪薬のコマーシャルみたいなことを聞かれるので、少し考えてから「虚しさから」と答えた。すると、熊は裏へ入って行き

      • 『推し、燃ゆ』感想 推しってなんだろう。

        話題だった『推し、燃ゆ』をようやく読んだ。 「推し活」やオタクの生態みたいなものを生々しく描き、現代のオタク文化を文学の中に落とし込んでいる点において、今作の右に出るものはないだろう、と思った。 私自身、気が狂ったようにある一つのコンテンツを追いかけ、お金を落とし、心を満たしていた、いわゆる「オタ活」をしていた時期があるので、多分に理解できた。例えば、日常の風景から推しに関連する要素だけが際立って見えたり、金銭感覚が世間の常識から逸脱したり、そういう「オタクあるある」のリア

        • 『ぷかりの、遊園』12

           私の世界は狭い。猫の額とは、私の生きている世界のことだ。  新しいことを知ったり、考えたりできる。これはとても幸せなことだと思う。私の世界は狭いから、新しいことがぞくぞく出てくる。怖いことも、面白いことも、かなりいいことも、かわいいことも、いやらしいことも、楽しいことも、いとおしいことも、まがまがしいことも、オカチナことも、みょうちきりんも、論理的も、粒ぞろいだ。  新境地。私の歳でも新境地に行けるのか、と小さく驚く。もう二十うん年も生きているのに?  けれど、私は若い(柚

        心に効く薬局 #2

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        • 心に効く薬局
          2本
        • ぷかりの、遊園
          11本

        記事

          『ぷかりの、遊園』11

           帰り道、森永さんと手を繋いて歩いた。空の建物の間に見えている部分が、濃いサーモンピンクに染まっていた。から揚げやケーキをたくさん食べたので、お腹が結構いっぱいで、ちょっと眠かった。というか、薬のせいとかがあって、毎日常に何となく眠いのだった。 「指輪、うれしいんでしょう。にやにやしてるよ」  森永さんが言った。 「あーあ。俺には何もくれないもんな、泉美ちゃん」 「いいじゃん。柚くんは、あなたのことお気に入りでしょ」  私は言った。  それから私は、泉美ちゃんが家ではしゃべる

          『ぷかりの、遊園』11

          ジココウテイカンとリンゴ

           これはとある3つのリンゴのおはなし。  3つのリンゴはえいちゃん、びいちゃん、しいちゃんといって、見た目はおんなじ青リンゴ。  けれどそれぞれ、べつべつのくだもの屋さんに送られて、三こ三ようのじかんを過ごしました。  そらいろくだもの店のおじさんは、ことしのリンゴがいつにもましていいにおいだということを知って、大よろこびでした。  木箱をあけたとたん、甘酸っぱい蜜のにおいが部屋じゅうを花やかにとびまわり、おもわずおじさんは胸いっぱいにそれを吸い込みました。  そして、えも

          ジココウテイカンとリンゴ

          『ぷかりの、遊園』10

           泉美ちゃんのお誕生日会の日は、平べったくて硬そうな灰色の雲が広がった空の日だった。雪でも降るのかな、と先に公園に来ていた森永さんは言った。 「あんな黒雲から降るのが白い雪なんだから、不思議だよなあ」 「雨かもしれないよ」  私は言った。 「それなら、飴の可能性もある」 と言って、森永さんは口の中のオレンジの飴を前歯で挟んで見せてきた(本当にいつでも舐めているのだ)。 「ないよ」  と私は言い、ふざけてるなー、と思った。 「冷たっ。雪より冷たい女だ」  と森永さんが言い、 「

          『ぷかりの、遊園』10

          『ぷかりの、遊園』09

           その次に柚くんと泉美ちゃんに会った時、彼らは森永さんと私に宛てた手紙を持ってやってきた。  その手紙は二人のお母さんからのもので、そこには私たちのことは柚くんたちからいつも話を聞いてよく知っていること、二人が私たちをものすごく家に呼びたがっていること、だからもしよかったらお誕生日会に来てやってほしいのだということなどが書いてあった。  柚くんたちはたぶん手紙の内容を知っているようで、私たちの傍らでうれしそうにずっとにこにこしていた。手紙を読めば、二人が(主に柚くんが?)お母

          『ぷかりの、遊園』09

          『ぷかりの、遊園』08

           夜の空気は冷えびえとして、ずっと外にいると手が動かなくなってくる。氷のような両手をこすり合わせると、自分の手ではないみたいに感じられておかしな気分だった。  午後十時以降の公園は、本当に私たち以外に誰もいない。子供たちはもちろん、大人ですらめったに通らない。街中の公園が、秘密めいた二人だけの場所になる不思議の時間。  私たちは柚くんたちと別れてから、夕方になり隣の駅までぶらぶら歩き、ご飯を食べるためにファミリーレストランに入って、それからまた公園までぶらぶらと戻ってきた。

          『ぷかりの、遊園』08

          『ぷかりの、遊園』07

           あの、砂場の料理人のように、私たちにたくさんの創作料理をごちそうしてくれた二人。私たちはあれから後も何度も彼らに会って、一緒に遊んだ。男の子の方は前に教えてくれたように六歳で、柚(ゆず)くんという名前だった。女の子は泉美ちゃんという名前で、歳は四歳だった。二人は兄妹だった。  私たちは、休日ごとに公園で会った。砂遊びだけじゃなく、四人でいろんな遊びをした。鬼ごっこ、だるまさんが転んだ、ブランコ、汽車ごっこ。森永さんがどこからかチョークを持参してきて、砂場のへりのコンクリート

          『ぷかりの、遊園』07

          『ぷかりの、遊園』06

           最高気温が十五度より上がらなくなってくる頃、森永さんの卒論が完成した。書き終えたら読ませてもらう約束だったので、まだ日が出ていてあたたかいうちに、砂場のへりに座って読んだ。  私の取材の部分もちゃんとあった。「ある女性の公園への愛着と生育」という見出しが付いていて、「ある女性ね、あはは」と私は思わず笑った。  私の笑い声に驚いて、砂場で遊んでいた男の子と女の子がぱっと顔を上げて、それからまたそれぞれの砂の創作料理へ戻っていった。 「ある女性だよ。名前出しちゃまずいから」 「

          『ぷかりの、遊園』06

          『ぷかりの、遊園』05

           私たちは度々、あの汽車の中で会った。会って、おしゃべりをし、ただ黙って手を握って、眠ってしまったり、起きて笑い合い、そしてたくさんのキスをして、愛し合った。  森永さんは中肉中背で、色も白いけれど、腕や脚やお腹や、いろんな部分が少しずつ私より硬かった。私はこれが、男の人のからだなのだと知った。 「怖い?」  初めての時、森永さんが訊いた。私は首を横に振った。 「これは大丈夫。森永さんだし」  私は言った。彼は、私が日々の営みのもろもろが苦手になり億劫になってしまっていて、そ

          『ぷかりの、遊園』05

          『ぷかりの、遊園』04

           九月に入ったある日、森永さんは久しぶりに公園に姿を現した。家でだらだらと過ごしていた私は、メールで彼に呼び出されて、公園へ行った。  外へ出ると真っ暗になっていてびっくりした。時間の感覚がなくなるくらい、夜になったことにも気付かずに、家にこもりきりだという事実を改めてひしひしと感じた。ブラジャーにTシャツにジーパンといういでたちで、腕に軽く鳥肌が立つ。  公園の入り口に立っても、森永さんの姿は見えなかった。確かに呼び出されたのに、ともう一度携帯を開いて確認していると、どこか

          『ぷかりの、遊園』04

          『ぷかりの、遊園』03

           森永さんには特殊な匂いがあった。  まるでオレンジのような、甘い柑橘の匂い。洗剤でもシャンプーでも香水でもなく、それはいつも漂っていた。  私はその匂いに微かに心当たりがあって、なんだろう、と会うたびに思っていたけれど、それは彼の吐く息に混じって香っていることがわかった。彼はオレンジ味のキャンディーが好きで、一人でいる時は常に舐めているらしかった。子供の頃によく食べたあの甘い味だ。  夕日みたいなだいだい色をした丸い玉の、果物の甘さとはかけ離れた甘味料の重い「オレンジ味」。

          『ぷかりの、遊園』03

          『ぷかりの、遊園』02

           『子供の発達における遊び環境の重要性 —都会の中で公園が果たす役割—』 というのが、森永さんの卒論のタイトルだった。 「いろいろ長い題だけど、要は公園と子供ってことだよ」  と言って、森永さんは笑った。 「なんだか不釣合いですね。森永さんと」  と私が言うと、 「いろんなとこで言われるよ」  と森永さんは答えた。  森永さんはただの大学四年生にしておくのにはもったいないくらい綺麗な顔立ちで、服装はいつもカジュアルで、なのに眩い茶髪と耳に光るピアスとで一気にちゃらちゃらした印

          『ぷかりの、遊園』02

          『ぷかりの、遊園』01

           子供の頃からずっとこの街にいる私にとって、この公園は思い出の公園だった。  最近知ったのだけど、正式名称を「駅前第二児童遊園」というらしい。第二ということは、第一もどこかにあるということだけれど、そんなのは知らないしどうでもよかった。  私にとって重要なのはこの「第二」の方だし、しかもそんな長くてわかりづらい呼び名でこの場所を呼んだことがなかった。  そこは昔から「きしゃぽっぽ公園」と呼んでいた。園内に汽車の形の遊具があるから。子供が付けがちな短絡的ネーミングだ。汽車は置い

          『ぷかりの、遊園』01