見出し画像

土葬の国で読んだ「土葬のある村」:日本とベトナムの土葬文化比較

ある日ツイッターのタイムラインにふと紹介されていた、この本に目が引かれました。

土葬の村、少しおどろおどろしげなタイトルとカバーですが、ふっとその場で電子書籍版を衝動買い。というのも、実は最近ベトナムの身内に不幸があり、家族ともども悲しみに暮れつつ、至近距離でベトナムでの葬送文化に触れていたからです。そして土葬と言えば、ベトナムはまだ「土葬のある国」であるからです。

日本にもまだ(僅かに)残る土葬の風習

同著によると、日本では土葬が法律として禁じられたわけではないにもかかわらず、亡骸を葬る方法の内、火葬が99.8%にも上るという世界の中でも最も火葬率の高い国になっているそうです。戦後はまだ残っていた土葬の風習も一気にその割合が減る中、著者が21世紀の今も土葬文化が残る村々に足を運び、またかつての民俗学者による記述を辿りながら、日本の風葬、土葬、火葬と変化する葬送文化が詳述されています。

その数々のエピソード聞くだけでも、かなりビックリするような話が。人々の死生観が顕著に出る葬送文化、その世界が短時間で急激に変化、そして消滅する中で、こういった記録を残していく貴重な作業だなあと思います。

ベトナムに残る土葬文化

そんなベトナム、実はベトナムでは土葬がまだまだ一般的な死者の葬り方 の一つなのです。身近なところでは、私の妻の父方の祖父、そして2年前に亡くなった叔父も土葬で葬られていました。

ベトナム語では「mai táng」、一般的には単に「chôn(埋める)」と呼ばれる土葬。その土葬文化、或いは死者を弔う風習の中には、読んでいて「あれ、これってベトナムの葬儀で見たことあるなあ」というような風習も。もちろん、大きく言って仏教の考え方を色濃く残す両国の葬儀の習慣に似通ったものがあるのは当たり前ですが、それを実体験的に比較できる、そんな不思議な読書体験ともなりました。

本著で紹介されている輿車に棺を乗せ、白装束の遺族と多くの親族一同でそれを引いて、推して、亡骸を埋める場所まで行列して歩く「野辺歩き」は今でもベトナム農村でよく見られます。私もベトナムの家族をそうやって送ってきました。その途上では、魂が家への帰路を忘れないようにと、紅白の紙でできた四角い箱を撒いて歩きます。ハノイ市内でもよく道路にこれが落ちているのに気がつく人がいるのでは?葬儀から野辺歩きまで、ずっと「kèn」と呼ばれる笛と太鼓(trống)の音が何日も響き渡ります、文字通り朝から夜まで。

画像1

最も顕著に感じたのは、本著で「奄美群島をはじめ琉球文化圏に特有の弔いの風習」と表現されている「洗骨」。土葬から数年後に埋葬地を掘り返し、白骨化した遺骨を探し出して綺麗に洗い、それを改めて埋葬するという儀式で、ベトナムでは「sang cát」と呼ばれ、今でも広く行われています。ベトナムでは家族が自身でやる場合もあれば、プロフェッショナルに行う人たちを雇って行う場合もあるそうです。

ベトナムでも見える「火葬化」への大きな変化

とはいえ、都市化が進む現代ベトナム社会においても「土地不足」「環境問題」「公共衛生」などのトピックと絡めて「多くの問題をはらんでいる、解決すべき問題だ」と、2019年には土葬を巡る学術会議にVũ Đức Đam副首相が参加して課題を解決すべきだと訴えています。

ベトナム政府も1990年代後半から数々の文書を出し、火葬への転換を推し進め、実際に火葬の割合は増えているものの、まだ農村地域を中心に土葬は広く行われているのが現状です。また、ベトナムには50以上の異なる民族が住んでる中で、葬儀という民族の文化・死生観に強く影響される儀式を転換するというのは、簡単ではないということが上記会議でも語られています。

「100%の人民が火葬されている村」を時代に合わせた前向きな変化だと政府メディアで紹介するなど、火葬を進める政府の政策意図は明らかです。

ハノイ市は2015年から火葬を推進するために補助金などを出していましたが、その政策期限が来る2021年からも引き続き300万ドン(約1.5万円)/件を市民の火葬に支援すると新たな政策を打ち出しています。

今回不幸があった我が家でも、土葬か火葬かという論争が起こるのかと思ったのですが、一部反対意見はあったものの「火葬にしよう」という結論に、割とあっさりとなりました。というのも本人が生前にそう語っていたからだそうで、数年前は当然のように土葬にしていたことから少し意外に思いました。実際周りの多くの親戚も、実はこれが初めての火葬による弔い体験でした。印象としては、「簡潔だし、何だか近代的で清潔な感じだ」とポジティブに受け取っている人が多いように感じました。

ただ火葬にはなったものの、霊柩車を家の前までは呼ばず、村のはずれまで「野辺歩き」の行列した後に遺体を車に入れるなどの儀式は変わらずで、まさに土葬から火葬への文化の変化が起きている真っ只中なのでしょう。

コロナ禍で考えさせれる死別のあり方

現在は新型コロナウイルス感染症がまだまだ世界で猛威を振るう辛い時代。感染が厳しい国や地域では葬儀自体をまともに執り行えない、愛すべき人の死に立ち会うこともできないということも起きている今。感染症対策という意味では、より「やはり火葬をすべき」という世界的な方向性が変わることは無いでしょう。

火葬に比べて手間も時間もかかる土葬。ただ「みんなで”ムダ”をいっぱいして故人を送ることが供養になるのです」と、冒頭取り上げた「土葬の村」である住職が語る土葬の風習を通じて、死別の意味合いを改めてきちんと考えてみる機会にはなっていたんだなあと感じました。効率よくやることばかりが重んじられる現代社会で起きたコロナ禍の今だからこそ、最後のお別れの仕方を再考することは意味があることかもしれません。

11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。