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語られ始めた知られざる日越関係;小松みゆき著「動きだした時計〜ベトナム残留日本兵とその家族」

今回は「ハノイで読んで考えたこと」、小松みゆき著「動きだした時計〜ベトナム残留日本兵とその家族」です。ハノイ在住の日本人の間では殊に著名な小松みゆきさん。最新著作は、彼女のライフワークであるベトナム残留日本兵とその家族に関して、その歴史を掘り起こした小松さんの自伝とも言える一冊です。現在日本との行き来ができない中ですが、電子書籍のおかげで自分も発売後タイムリーに読むことができました。

小松みゆきさんとそのライフワーク

著作に関して、そして小松さんの人となりについてはこちらnoteで新妻さんによる紹介がありますので、そちらも併せてご覧ください。これまでに、紹介されている映画も見せて頂きましたし、本も色々読ませていただきました。

著作内容の概況は上記新妻さんのnoteに譲りまして、以下は自分が印象に残った点を中心に、「読んで考えたこと」をご紹介します。

多様な「残留日本兵」「その家族」の姿

第二次世界大戦が終わってもベトナムに残ることになった日本兵とその家族、そしてその後離れ離れになることを余儀なくされた家族たちの知られざる歴史、多くのエピソードに胸をつまされる思いで一気に読み終わりました。特にアメリカとの戦争が始まる中、日本が「敵国」となり、残された家族が経験した辛い人生には、日本人として、特にベトナムにお世話になっている日本人として、知っておくべき歴史が沢山詰まっていると感じました。

全ての話が印象に残るところではあるのですが、個人的に特に印象に残った(し、今まで知らなかった)のは、日本軍属として終戦を迎え、ベトナムに残ることになった台湾出身の呉さんのお話。日本占領下の台湾で育った彼は、日本語を話し、日本式教育を受けた後ベトナムに赴任することとなり、戦後ベトナムに残る決断をすることになります。ただ、1954年から他の日本人と共に帰国命令が出るものの、その段階になって「あなたは日本人ではありません、帰れません」とそのままベトナムに住む人生を歩むこととなります。

もちろん、ベトナムで築いた家族とその後の人生を過ごせたわけですから、それはそれで一つの素晴らしい人生の形ではあったとは思います。ただ、その後も日本帰国を何度も求めては実現できず、ようやく台湾には一時帰国することができたというエピソードからは「ベトナムに残った台湾の日本人」がゆえの、複雑な望郷の思いが叶わなかった悲哀も感じました。残留日本人の家族にも多様な姿があり、「残留日本兵」と呼ばれた人にもこれほどに多様な姿が、そして過酷な運命があったとは、初めて知って驚かされました。呉さんが小松さんに語り掛けた「私は日本人として何も恥ずかしいことはしていません。こういう人間がいたことを忘れないでくださいね」という一言、戦争という時代に翻弄された人が多くいたことを改めて痛感させられます。

ライフワークを見つけ出した正義感と好奇心

そして本著では、40代になって持ち前の好奇心からベトナムでの日本語教師という職を選び、ドイモイ後すぐの1992年のハノイに飛び込む、小松みゆきさんの生き生きとしたチャレンジが描かれています。

日本から認知症のお母さんをハノイに連れてきたお話を綴った「ベトナムの風に吹かれて」も読ませて頂きましたが、小松さんの、ご自身の想いや葛藤を包み隠さず、飾らず伝える文章にも大変感銘を受けました。本著でもお母さんへの思いは多く語られて、残留日本兵夫人であるベトナムのおばあちゃんと日本のおばあちゃんの交流は、何ともほほえましく感じます。

振り返ってみて、ベトナムとも浅からぬ、少なからぬ縁を持たせてもらっている自分は、このように情熱を燃やせる「ライフワーク」を持っているか、小松さんのように正義感と好奇心でそのライフワークのヒントに気づけているのか?そんなことも考えながら、著者の情熱の結集である本著を読ませて頂きました。

ベトナム専門家大御所による時代背景解説も

そして、著者のご人徳でしょう、ベトナム専門家、大御所による豪華な解説も付いています。個人的には特に古田先生による解説、当時のベトナム独立直後から第1次インドシナ戦争にかけての中越関係が大変興味深いです。1945年に日本から独立したベトナムが、「ホーチミンの国家」から、「ソ連、中国圏」へと変質する中での残留日本兵への帰国命令、国際政治と人々の人生が交差します。

というわけで、日越を跨る多くの家族の数奇な歴史に加え、ベトナム現代史への理解も深まる一冊、皆さんも手にとってみては如何でしょうか。ベトナムに住む日本人としては必読の一冊かと思います。

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読書感想文

11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。