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国税徴収法アラカルト(10)「債権」の差押え③(第三債務者の立場から滞納処分を考える~差押後の相殺について)

前回、徴収法62条2項により、債権が差し押さえられた場合は、その履行処分等が禁止される効力が発生することに触れました。

この履行処分等のなかには、相殺や譲渡などの行為も含まれてきます。

今回は、履行処分等のうち、「相殺」という行為に焦点をあてて、検討していきたいと思います。

相殺とは、互いの債権債務を消滅させる意思表示のことです。

まず、相殺については、ややこしい用語がありますので、少々解説を加えさせていただきたいと思います。


相殺に関係する用語の意味

(1)自働債権

自ら相殺を働きかける側の債権のことを「自働債権」と言います。
つまり、差押えられた取引先に対して有する第三債務者の有する債権のことです。

(2)受働債権

相殺の働きかけを受ける側の債権のことを「受働債権」と言います。
つまり、差押えられた取引先が第三債務者に対して有する債権のことで、滞納処分により差押えられた債権そのものをさします。

(3)相殺適状

上記(1)と(2)は互いに反対債権の位置づけにあることになりますが、(1)と(2)のどちらの債権もともに、それぞれの弁済期が到来している状態を「相殺適状」と表現されます。

原則「相殺」は禁止なのですが…

最初にお話ししました通り、相殺は、履行処分等にあたりますので、原則、差押後にそれを行うことは禁止されております。

しかしながら、差押後の相殺の全てが禁じられているわけではなく、一定の場合の相殺は認められています。

この相殺が認められるケースについては、これまではっきりとせず、各種判例や通説に基づき、実務上の運用がなされてきたところであります。

最近、民法において、これまでの判例通説を受けて、確認的に改正がなされました。

令和2年改正民法によると、差押え「前」に取得した自働債権につき、下記のように取り扱う旨が明確にされました。

(民法第511条1項)
差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。

この改正民法は、昭和45年6月24日最高裁判決(以下45年判決)において、「第三債務者が差押前に自働債権を有していれば、自働債権、受働債権の弁済期の先後を問わず、相殺することが可能」と示された、いわゆる「無制限説」と呼ばれているものにならって作られたものと考えられております。

無制限説にならっているといえど、制限あり!?


このように、今後の実務については、民法511条1項にならって、第三債務者が、差押え「前」から有する自働債権をもって、差押えられた受働債権を相殺することは認められるものとして、取り扱うことがはっきりしてきたわけですが、注意したい点があります。

45年判決においても言及されておりますが、基本的には、自働債権、受働債権ともに「相殺適状」にあることが前提のうえ、相殺が認められているという点です。

例えば、受働債権側は、弁済期到来しているが、自働債権側の弁済期が更に2~3年後であるようなケースにおいては、「相殺適状」に達しておらず、その取扱いには一定の条件が課される点に留意する必要があります。

下記の徴収法基本通達で、このあたりの実務上の運用について明確にされており、実務運用上は、この通達を参考としていくことが近道であるように思います。

徴収法基本通達62−31(相殺の禁止)

第三債務者の有する反対債権と被差押債権との相殺については、次のことに留意する。

(1) 被差押債権及び反対債権(差押え前に取得した債権及び差押え前の原因に基づいて差押え後に取得した債権(差押え後に他人から取得した債権を除く。)に限る。)の弁済期がいずれも到来している場合には、第三債務者は、相殺をもって差押債権者に対抗することができる(民法第505条第1項、第511条)。ただし、先に弁済期が到来した被差押債権につき第三債務者が履行しなかったことがその期間の長さなどからみて権利の濫用に当たるときは、この限りでない。

このように、上記通達(1)のただし書きにより、弁済期のズレがある場合の制限が課されているものと思われます。

これは、受働債権の弁済が遅れている第三債務者が、その後に弁済期の到来した自働債権をもって受働債権と相殺するような場合にまでも、第三債務者の権利を保護する必要はないものと考えられているからではないでしょうか。

このような「権利濫用の法理」により、行き過ぎた相殺行為に歯止めがかけられてるのが現状のようです。


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