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MDSCという細胞

今日は特殊な免疫系の細胞について新型コロナウイルス感染との関連も含めて紹介したい。

骨髄由来抑制細胞:MDSC(Myeloid-Derived Suppressor Cells)は、免疫抑制能を持つ細胞である。MDSCは骨髄由来の造血細胞である顆粒球および単球の前駆細胞から派生し、通常は炎症反応・免疫応答の抑制的制御に関連すると考えられる。このMDSCは特にがん環境での存在や機能が提唱されており、MDSCが過剰に存在することでがん状態において免疫系の機能を抑制し、腫瘍の成長や進行を促進する可能性が示されている。がんに対する免疫が抑えられる事でがん細胞の増殖が進んでしまうというのは免疫バランスの難しい点であり、以前にも制御性T細胞(Treg)と関連して同じ様な機序を説明した事があった。

したがって、MDSCの研究は、がん免疫療法や炎症性疾患の治療のための新たなアプローチ開発として関心が集まっていた。要するに、これらの細胞の機能や数・割合を正常化することで、免疫系のバランスが改善され、がんや他の疾患に対する効果的な治療法が可能となればということだ。

最近何気なく、このMDSCについて新型コロナウイルスとの関連を調べてみると、思った以上に論文が出て来たので今回記事にしてみたというところだ。個別の研究も多く存在するが、ひとつのレビュー論文をベースに概要を紹介しよう。「Myeloid-derived suppressor cells in COVID-19: A review」
(Clin Immunol. 2022 May; 238: 109024.)

このレビューは新型コロナウイルスとMDSCの関係についてまとめてくれている。まずよく分かる事実として、新型コロナウイルスによってMDSCの数などが増加する傾向は明確にある様だ。また、その増加が重症度と相関しているということも多く示されている。さらにその機序としてはいくつかのサイトカイン(IL-1、IL-6、TNFなど)やケモカイン、増殖因子などの関連が提唱されているようだ。

本来これらのサイトカイン類は免疫を活性化するものが殆どの筈だ。同時に、組織に炎症を引き起こすものでもある。T細胞などが活発に働けば、それはウイルス排除に寄与する筈だが、その反応はMDSCによって抑えられてしまう。
その状態:
①サイトカインが炎症を起こして組織にダメージを与える
②ウイルスを排除するT細胞は抑えられてしまう
③ウイルス自体が組織にダメージを与える
というのが、病態としては最悪に近い状態であり、この免疫バランスにしてしまう一つの要因としてMDSCの誘導などが関わるということであろう。

この絶妙に最悪なバランスについては、がんの悪化についても類似している。がんについても炎症が悪い方向に働くという研究は存在しており、炎症によって組織がダメージを受けていると同時に、癌細胞を排除する免疫系自体は抑えられてしまうというのが良くない状態と言えるだろう。この様な免疫系の複雑さは、一般人はもちろん、医師や専門家ですら正確な科学的考察を不可能にする。免疫学というのは神経系と並んで最も理解の困難な生理システムなのである。しかしながら、正しい考察のためにはどうしてもその様な仕組みと、登場人物の多さ、その役割の多さ、相互作用の複雑さ、状態に依存した変化、それらのバランス、こういった要素を包括的に理解する必要がある。それが免疫学であり、その精度が免疫学者としての能力である。そのためには、どうしても関わる細胞やタンパク質を「知る」ことから始めるしかない。という訳で、今回は免疫系の細胞の一つとしてMDSCという存在を紹介させてもらった。

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