雨宮優の発想術

発想術なんて胡散臭いタイトルをつけてしまった。「どうやってそんなアイディア思いつくんですか」とか「いつもどうやって企画してるんですか」とか、企画について聞かれることが最近多くて、いつも「適当です」と答えてしまうのだけど、よく考えれば適当のなかにも色々とプロセスがあるな、、と思い、人様に見せられる形で1つここに記事として残しておこうと思う。

はじめましてな人ははじめまして。音楽フェスのプロデューサーをしています雨宮と申します。スペキュラティブ(思索的な)デザインとアートの中間地点くらいの概念として、フェス(仮想社会の身体体験)づくりを主な生業にしています。なんのこっちゃと思いますので、色んなライターさんが分かりやすく書いてくれた下記の記事をお暇なときにご参照ください。

 はじめに

企画術や発想術なんてHow toもすでに出尽くされ、源流を細分化した派閥が薄っぺらいアイデンティティを掲げているだけにも思えますが「まぁあくまでこの人はこういう風に考えているんだなぁ〜」くらいに見てもらえればなと思います。

一応定義しておくと「企画」と「発想」は違います。何か課題を解決するには「課題が何か」を明確にすることがまず大事なように、企画とはその範疇まで含みますが、発想は必要なアイディアをどう生むかという技術のことです。

なので企画術全般を知りたい方や、綺麗なフレームワークで学びたい方は広告代理店の人がよく書いている企画術の本を読んだほうがいいかもです。(ぼくは一度も読んだことないですが・・)

上図のようなイメージで企画が構成されていて、まずは企画の趣旨をクライアントやチーム内で合意できてないと企画もくそもないわけです。(人文領域は別として)頂点の丸にたどり着くための建築が企画であるようなイメージで、最下層と最上層はなんとなく理解できるかと思うので中間の「アイディア」と「センス」について本文中ではお話していきます。「アイディア」フェーズが主に発想術。「センス」フェーズは企画術にまで及びます。

アイディアは瞬発力

企画を考え始める時、まずは企画の種となる情報を集めたり、有識者で集まってブレストをしたりするかと思いますが、アイディアで大事なのはDoよりむしろBeだと思っています。上図のようにある程度の知識と経験がアイディアを考える人の脳に蓄積されてるのは前提として。

というのも質はともかくアイディアがでないという人はほとんどいないはずで、日常のなかで気軽にアイディアを発信できる機会がどれだけあるかとか、知識や体験を情報として蓄積できてるかとか、受け取れる体の状態にいるかとか、生み出すというより、貰い受け、取っておくもののように思います。

ひらめき(直感、インスピレーション)とはその意味のとおり、閃く瞬間でしかなく、0,00001秒くらいは誰の元にも訪れます。それを見逃さずに、受け取れる状態でいることが大事です。そのためには情報は情報として、そこに脳を固執させずにふんわりと思い浮かべ、体の力は抜いておき、落ちてきたらキャッチします。アイディアとはその瞬発力なのです。

実際に自分がこのフェーズで何をしてるかっていうと、自然のある場所を散歩してただぼーっとしてたり、着心地のいい服を着たり、気分の落ち着くハーブティーを飲んだり、ただそれくらいです。

アイディアを手にする瞬間は寝る前や、夢の中が多くて、無意識的な状態に近い方が「これだ!」と思うものに近づけることがで多いです。手中に収めたら、忘れないようにすぐメモ or ツイートします。Twitterは文字数制限があるので、アイディアを整理しながらまとめられる&フィードバックの可能性もあるのでおすすめです。

どうして自然のある場所に行くかというと、人間はほぼ環境の奴隷なので、周りに多くの人がいるとどうしても俗っぽいというか、誰もが思いつくものになりがちです。(時としてそういうアイディアが必要な時もありますが)。生命として大先輩な樹木や土に近いほうが、より本質的な気づきを得られます。

また、マインドマップやフレームワークを使っていきなり文字(概念)に落とし込んでしまうと、まだ概念化すらされていない何かと出会う機会を逃してしまいます。直感とは、瞬間的に未来に触れることであって、そのチャンスは蔑ろにできません。自意識こそ最も疑わしいものだと訝しみ、その範疇を超えたアイディアを受け取りましょう。

センスは経験値

アイディアがストックされたら、そのアイディアの数々を趣旨に向けて研ぎ澄ます判断をしていきます。何を捨てるのかはペルソナと呼ばれる仮想客を想定して、リサーチやデータを元に判断されていくことが多いですが、それにおいても最終的な判断とは、判断を下す人の経験値に委ねられ、それをセンスと呼びます。

多感な時期にユーロビートを聴いてきた人からすれば今もユーロビートが最高にかっこいいわけだし、ライブに行ったことがない人にフェスの魅力を十二分に伝えるのは難しいわけです。

イベントでも商品開発でも最近成功体験をした人が、センスのフェーズで加わってくれると心強いかと思いますが、成功体験に引きづられている人ではなく成功した理由をエッセンスとして抽出し、活用できている人でないと表面的な部分で引きづられてしまいます。

ここはどういった趣旨の企画なのかにより、必要なセンスが決まってきますがイベント企画を多めにやってきた自分なので、取り急ぎ楽しそうな企画に必要なセンス(経験値)をまとめてみました。

上図はこれの次のフェーズ「デザイン」でも使えるかなと思うのですが、人が楽しそうって思うのってこういうことがあるときかなぁというのを一部まとめたものです。

①両極を混ぜる

異分子を混ぜたときの非現実感、違和感が日常から離れる場(イベント)を求める人たちにとって、未知で体験したくなるものになるのかなぁと思います。例として「ダンス風呂屋©」というイベントをあげていますが、これはまぁ見ての通り「ダンス(という激しいイメージの場)」と「風呂屋(という癒しのイメージがある場)」をかけあわせたものです。

ポイントとしては足し算ではなく掛け算ということで、ダンス風呂屋も踊れて、お風呂に入れるというそれぞれの機能を足しただけでなくて、風呂場の壁にプロジェクションマッピングして「ここでしか見れない、風呂ジェクションマッピング」としてみたり、銭湯のロビーでゆるく繋がり合う文化を、踊ったあとにワークショップをすることでより強化して演出してみたり、男湯と女湯で2風呂アつくって行き来自由を強調することで、背徳感を高揚感のスパイスにしてみたり「アイスに塩辛入れたら美味しい」みたいな意外な相性の良さを演出するのが大事かなと思います。

(ちなみに「ダンス風呂屋」は10月10日に第四回を開催予定!)

②制限を払う/する

ロジェ・カイヨワが語るに、遊びによる楽しさとは大きく2つの種類があるとされます。
ⅰ.パイディア(Pidia)
即興と歓喜の間にある、規則から自由になろうとする原初的な力
ⅱ.ルドゥス(Ludus)
恣意的だが強制的でことさら窮屈な規約に従わせる力

制限を払うことと書きましたが、一方で制限をすることもまた楽しいへの導線となります。(サッカーやチェスなどがそうですよね)

↑は今年の夏にプロデュースした「Neo盆踊り©」という企画で、お客さんにはワイヤレスヘッドホンをつけてもらい、やぐらの上にいるDJの音をオンタイムで共有し、更に動物のお面もつけてもらって野生を解き放つというものです。「夜の公園で爆音」「周りから自分の顔が見えない」と制限を払いつつ、「かぶったお面の動物になったつもりで踊る」というルールと「いつもと違う視界」という制限が楽しさをつくります。

視覚は特に情報量が多いので、制限すると分かりやすく非日常感がつくれます。(クラブが暗いのもそういうこと)4年前から何度か開催している「BLACK SILENT FES」という暗闇でサイレントフェスをする企画は、視覚と聴覚を封じて嗅覚や気配だけで周りの人を察知するのですが、どのシチュエーションよりもアガると評判が良いです。

③できなそうなことをやる

↑の「Mud Land Fest©」は有機野菜畑にDJステージをつくって泥だらけになりながら踊れて、畑の野菜をその場で収穫して食べられる、超オーガニックなフェスなのですが、説明不要なほどできなそうなことをしています。笑

まぁできなそうなことはそれ自体を考えるより、実現することが当然難しいのですが、理想を現実にするのはピラミッドの頂点にある「趣旨(why)」の部分。どういう人が、どういう目的でやろうとしていているのか、そこに共鳴が生まれれば大抵のできなそうなことは突破していきます。

ちなみにMud Land Festはこういう趣旨です。

④おみやげから考える

家に帰って家族に笑顔で話したくなるおみやげができやすくなる機会をつくります。それは「このライブがすごかったんだよ」とか「このデコレーションがすごくてこんな写真撮れた」とかもそうですが、それよりも「こんな人に出会ってさ」が唯一無二のおみやげになるなぁと思ってます。

なのでフェスをつくるときは余白をつくること、それを活かすことを意識していて、種類にもよりますがあまり詰め詰めにしすぎると、そこに人との新たな繋がりは生まれず、フェスが持続するために必要なコミュニティや文化はつくられなくて、時間としてもレイアウトとしてもあえて余白をつくって、おみやげ話の機会ができやすいようにはしてます。

↑はZepp Tokyoで開催した「こたつフェス©」。こたつはパブリックにした瞬間に出会い系装置となります。

また、来場者がお土産として持って帰りたい期待を、演出として形にしてあげるとちゃんと反応が返ってきます。

⑤楽しさは感性に宿る

コンテンツはあくまで環境で、楽しさが生まれるのはEDMでも、テキーラでも、質のいいスピーカーでもなく、それぞれの心です。心の機微はもちろん環境によって大きく左右されますが、それがすべてだと思わないことです。例えば受付の人とのコミュニケーションだったり、その場を過ごすためのルールであったり、事前のインフォメーションの送り方であったり、様々な要因で心は流動していきます。

例えば毎年開催している「Quantum」というフェスでは量子力学をテーマにしていて、量子力学の物理現象を抽象化して、フェスの世界観として参加者それぞれにマインドセットしてきてもらっています。

それで何が起こるかというと、雨が降っても恵みの雨だと喜び始めたり、知らない人同士がすぐ仲良くなったり、ペイフォワードの文化が勝手に生まれたり。。もっと分かりやすい例で言うと「BURNING MAN」というフェスがアメリカのネバダの砂漠であって「一切お金が使えない」「すべての人を受け入れる」など大きく10のルールが共有されていて、そこでつくられた文化は一週間足らずで砂漠に1つの街ができるほどです。(彼らはBLACK ROCK CITYと呼んでいます)

⑥シンプルに伝える

ここはほとんどデザインの領域ですが、練りに練った企画と、それを初めて知る未知なる来場者との間に大きなギャップがあることを認識する必要があります。「興味を持つ→詳細を知る→行きたくなる」という動員の流れのなかで、興味を持ってもらうハードルを超えるには配置とビジュアルです。

SNSフィードをスクロールする間にイベントに与えられた時間は1秒ほど。そこで受け取ってもらえる情報は多くてタイトル、コピー、メイングラフィックの3つ。またそれが対象にとって興味のあるビジュアルでも、発見される場所に置かれていなければシェアの波は始まりません。

覚えやすいタイトル、面白いコピー、インパクトのあるグラフィック、それぞれの発想は、アイディアを拾える状態に整えて、①〜⑤のセンスを意識していれば、自然と降ってくるはずです。

それともし企画にかける時間があるのであれば⑦があります。⑦は「寝かせること」。「仕上がった!」と思ったら、まずは寝かせましょう。自分も寝ます、そして企画が発酵してきたら違和感や気づきがでてきます。そこで蓋を開くと手入れをすると、更に美味しくなります。

刺さる座組み

これまでイベント、メディア、商品開発、事業計画、コピーライティング、様々な企業からお声がけいただき、様々なプランニングに参画させてもらいましたが、往々にして起こりがちなのが、組織の上位層のセンスで企画が台無しになってしまうこと。

先にも書いたように優れたアイディアも、センスがなければ企画になりません。分からずやのおじさんにプレゼンを通すことも含めての企画力って、本当にそうでしょうか。実施するうえで必要不可欠な人材なのであればそうでしょうが、本来の目的が対象顧客に刺さる企画をつくることなのであれば、組織の力学というのはむしろ、おじさんを抑え付けるために働くべきなのではないでしょうか。

「さよなら、おっさん」みたいなことを言いたいのではなくて(読んでないけど)、刺さる企画には刺さる座組みが必要で、おっさんの役割はそのあとになってくるのではということです。

企画チームの人数が多いほど安パイで、安定した企画が生まれやすく、人数が少ないほどエッヂーで、不安定な企画が生まれやすいです。「企画したやつが全部責任持て!」ではなくて、企画には前述のように知識や体験の積み重ねが必要ということもあり、企画チームが企画をつくりあげた段階で、マネジメント人員が入ってくる方が合理的なのではと思います。

(発想術的にも顔色を気にする人が側にいない方がアイディアを逃さずに済みます。)

おわりに

発想とは誰にでも訪れるもので、企画が必要なときに「よし企画しよう」と身構えるのではなく、大事なのはむしろ日常で、どういう感性で過ごすか、どういう体の状態をつくっているか、精神的に無理をしていないか、その流れのなかで、瞬発力を持ってアイディアを手にします。

この際だから言ってしまうと、慣れてくれば無意識(虚空やアーカーシャと呼ばれる次元)にアクセスして、アイディアもセンスも通り越した答えを拾ってこれますが、ここはまだ早いと思うのでもう少し時間が経ってから。。

生まれた企画を実装していく方法論なんかは、不定期に開催している「ソーシャルデザインとしてのフェスづくり入門」というワークショップでお話したりしてます。また、シーズンを超えて秋冬は割と身軽な体なので、企画のご依頼、ブレストへの参加依頼は柔軟に請けていこうかなぁと思ってます。
雨宮の法人格、Ozoneからお気軽にお問い合わせくださいませ。


あめみやゆう (@amemi_c5)

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「こんな未来あったらどう?」という問いをフェスティバルを使ってつくってます。ありったけの人生に限りないイマジネーションを持てるように、未知の体験をたくさんつくります。

ゴリラが胸を叩くときの手は、「グー」ではなく「パー」。
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Yuu Amemiya

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コメント1件

はじめまして。 『デルタ・スクロール』という図解発想法を考案した上丘と申します。 トップ画像を拝見して、『デルタ・サークル・スクロール』という展開を思いつきました。 あなたとの縁あればこそです。 ありがとうございます。<(_ _)>
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