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fictional diary#10 赤い車のふしぎ

その町で、車道のそばをずっと長いこと歩いていたときに、おかしなことに気がついた。赤い車がとても多いのだ。道を眺めていると、3台に1台くらいの割合で赤い車が通る。よその町にも赤い車がないわけじゃないけど、こんなにたくさん見たことは今までなかった。小さな駐車場の前を通ると、そこも不思議なほど赤い車ばかりが並んでいた。緑の草原と、煉瓦造りの家がほとんどを占めるこの町に、赤い車がそれほどよく似合うというわけでもないのに、どうしてだろう。その理由がどうしても知りたくなって、駐車場の入り口の、小さなボックスの中に座っている管理人さんに尋ねてみた。人の良さそうな、恰幅のいい白髪のおじさんだった。大儀そうに椅子から降りてきて、わたしのそばまでやってきた。手にはコーヒーと、さっきまで読んでいた新聞を持っている。手に持ったマグカップからいい香りが漂ってきて、わたしも急に熱いコーヒーが飲みたくなった。お前はどこから来たんだ、と管理人のおじさんは聞いた。遠い国から、と言うと、そうか、じゃあ知らないだろうな、この国のやつでも知らないことが多いから、と言ってコーヒーをすすり、赤い車がこんなに多い理由を説明してくれた。なんでもこの町には昔、自動車が流通するずっと前から、赤い荷車をひいた馬車が家々を回って、牛乳や新聞、新鮮な野菜など、生活に必要なものをまとめて届けていたのだという。そのやりかたは近隣でも評判になり、この町のたくさんの人たちが同じように赤い荷車を引いて、ほかの町に配達に行くようになった。その商売で町は潤って、こんな立派な町になったのだという。だから今でも、赤い車には特別な思い入れがあるんだよ、もっとも全部、俺が生まれるより前の話だけどな、とおじさんは一息に語りおえた。しばらくその話を頭のなかで反芻しながら、それで、あなたの車は何色なの?と尋ねた。おじさんは、もちろん赤さ、と満足げに答えて、手に持ったコーヒーを飲み干し、自分の椅子に戻っていった。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!