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fictional diary#24 ガラス越しの炎

その町でいちばん大きな交差点のところにある、巨大なガラス窓のショーウィンドーを覗いてみても、見えるのは向こう側にぽつりぽつりと浮かびあがるオレンジ色の電球だけだった。その店がなんの店なのか、通りで立ち話をしている人たちに聞いてみたけれど、みんな揃って、わからない、と答えた。窓にそって店のまわりをぐるりと歩いてみても、店の名前は見つからなかった。ひとつの窓の、目線の高さより頭ふたつぶん上のところに張り紙がしてあって、そこには、水気厳禁、と書かれていた。水気厳禁。初めて見るその言葉に、見間違いかな、まだ習い始めたばかりのその国の言葉を勘違いしたのかなと思って、何度も読み直したけれど、やっぱりそう書いてある。ショーウィンドーの窓に額をくっつけるようにして中を覗いた。建物のなかは暗く、オレンジの光を放つ球体以外は何も見えない。よく見てみると、電球だと思っていたガラスの球体のなかには、電気の火花じゃなくて、揺らめく炎が閉じこめられていることに気がついた。水気厳禁。ここはもしかしたら何かの実験所なのかもしれない。けどわざわざこんなに目立つ建物に、大きなガラス窓を取り付けて、秘密めいたことをするなんて。くすくす笑う声がわたしのすぐ隣で聞こえて、そちらに目線を移すと、小学生くらいの制服をきた男の子がふたり、私と同じように窓のなかを覗きこんでいた。早口すぎて聞きとれない、熱っぽい口調で、その建物の秘密を解き明かそうと懸命に言葉を交わしていた。ふたりの黒い瞳は、ガラスの球体に閉じ込められた炎と同じような、揺らめく輝きを放っていた。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!