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韻化ノ地上絵 Verse1:

【A side】
Verse1:

チョコモナカみたいな石畳の溝を、
朝の光を含んだ雨上がりの雫が
坂の上からなぞっては浮腫むくんだ。

Zulu nationのロゴマークにも見えるマンホールが、
今日も路行く人達の靴底ソールとが擦り合う。

乾いた木製のベンチの傍で、
剥き出しの足のかかとが、涼しそうに揺れている。

遠くで、スズムシが鳴いている。
そう感じたのは、ただの耳鳴りで、
頭の奥の方で
マイクロファイバーの繊維を1本引っ掻いて消えた。

「おーい翔太!」
聴き慣れた声が、薄く開いた目蓋の緞帳どんちょうを押し上げた。
光が差し込むその先には、
ヘビ柄と言うには余りにも優し過ぎる、
手の込んだアナコンダ柄のシャツを着た椎名が、
持ち前の醤油顔を覗かせている。
それに気付いた僕は、
ずっと前から曲の鳴り止んでいた
Bluetoothイヤホンを胸ポケットに押し込んだ。
青々としたイチョウ並木の下、
木漏れ日の薄オレンジが、
二人の顔ら辺を優しく撫でていた。

僕らは、代々木公園の原宿門を後にし、
正面に焼きそばやらタコ焼きやら、
雑多に並ぶ屋台の匂いを押しのけながら、
国道143号線を井の頭通り方面に進み
B-boy parkの聖地でも有名な
野外イベント会場の、
横に突きぬけたケヤキ並木を通り抜けた。

公園通りの坂をゆっくりと
登って来た黄色いHUMMER3から、
Redmanの「IT‘s Like That」が漏れ聞こえ、
エンジン音よりも低くて丸い低域を弾ませながら、
てい字路を曲がり、路駐している軽自動車の横を
追い抜いていった。さて、どこへ行くのか。

「今日何買うの?」「ん?決めてない」
紙をミディアムレアに焼いた芳醇な匂いに誘われて
マンハッタンRecordに入った。
店の壁には、国内海外の新譜がまるで絵画の様に
並んでいる。

30Hz~200Hz辺りの低域が、
フロアの広域を支配している店内は、
活気で満ち溢れていた。
試聴用のターンテーブルは、
先客が首を振りながら聴いている。
あの感じからすると間違いなく買う。
僕は頭の中で博打かけをした。

レコードBoxのアルファベットのCら辺で、
まるで亀仙流の様な素早い手の動きと、
それでいて体の芯は全くぶれていない様子の
四角いNorth Faceのリュックを背負った客の後を追うようにして、Aからゆっくり漁って行く事にした。
レコードを引き出してから戻す時に、
押し出された空気が臭気を誘う。
牛乳に似てる臭いのソレが恋しい。
というよりも美味しい。という感覚に近い。
ジャケ買いのフィルターは、
それなりに高めに設定してあるが、
ケルヒャーを買い控えた今月は
さらに少しだけ高くなっている。
ミルフィーユ状に重なりあってる1枚1枚を
腹を空かせながら剥がしていると、
アルファベットの”I“のところで衝撃が走った。
行き過ぎたレコードを2枚程前に戻って息を止めた。
Intelligent Hoodlum/
Street Life (Return Of The Life Mix)

ずっと探していた名盤に遂に出会ってしまった。
まだ誰にも見つかっていないか
何故か辺りを見回してから、
高まった息を整えた。
盤の健康状態はどうだろうか。
目立った傷も、
マジックペンでの強い主張も入ってない。
お宝を自分の移動する枠の1番手前に置いて
その先を急ぐ。
更なる掘り出し物、
マリク・ベンジェルールの映画にも出てくる
ロドリゲスみたいな隠れた才能に溢れる
アーティストを見つけ出したい。

そんな思いで1番端まで進んで見たが
これ以上はなかった。
むしろ1軒目でこの1枚を見つけられたのは
この上ない収穫だ。
チュパカブラみたいなジャケのバトルブレイクスを
最後にして、ボクらは店を出た。
「他の店も行こうぜ」「あるかな?」
住宅街から少し離れた雑居ビルの裏路地を闊歩してく。
Cisco、D.M.R、ワルシャワなんかにも
何かあるかも知れない。
途切れない風を味方につけて坂道を登った。
テラコッタ調の揃った壁を、なぞったエアゾールと
ステッカーがこの街を彩る。
名曲の中に隠された、サンプリングの元ネタを
紐解く鍵は、今日もどこかに眠ってる。

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