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ぶらんこ

忘れられない風景があります。
なぜそこに私とひじりちゃんの二人だけがいたのかはまったく憶えていません。
なにしろそれは遥か遠い昔。私が小学校の二年生の時のことですから。
私の家と小学校のちょうど間くらいにあった公園のぶらんこです。
二つあるぶらんこの左側に私が、右側にひじりちゃんが、並んで座っていたのを映像で憶えています。

ひじりちゃんが私に言ってくれたのです。
「わたし、ミチオくんが一番好き」
それは夢のようにあまりにきれいな淡い色をしていて、そして夢のようにまるで現実味のない思い出なのです。
「今度はひじりがミチオくんのぶらんこを揺らしてあげる」
そしてそれは夢のようにあっという間に終わってしまう儚い思い出なのです。

そんなことを思い返しながら私は今ひかりのぶらんこをゆらりゆらりと揺らしています。
孫のひかりはあの日のひじりちゃんと同じ年になりました。
「ひかり、おじいちゃんが一番好き」
わたしはとっさに気の利いた返答を思いつかず、まるでご褒美のようにまたぶらんこを揺らし続けます。
おじいちゃんになっても私はまた八つの女の子に励まされています。

そう、自分の娘が八つの時にもまったく同じ風景がありました。
その時の私もふとあの日のことを思い出して、ひじりちゃんの姿を探したのです。
するとひじりちゃんがジャングルジムの陰からああ見つかっちゃったというように舌をぺろっと出してすたすたとかけよって来て私たちの右隣のぶらんこに座りました。
そして娘と私の様子をしばらくの間興味深そうにじいっと見入ったあと、あの日と同じようににっこり笑ってくれました。

そんなことなどを思い出しながら、右隣のぶらんこを見ましたがひじりちゃんの姿はありませんでした。
今の私がすっかり現実的になり夢を描かなくなったからでしょう。
「今度はわたしがおじいちゃんを揺らしてあげる」
ゆっくりぶらんこに腰かけるとひかりが揺らしてくれます。
最初は歯を食いしばり少し重そうなぶらんこでしたが少しずつ弾みがついてゆらりゆらりと大きく揺れ始めます。
それに合わせるようにひかりのはしゃぎ声も弾みがつきます。
すると、
あの日の娘の声が聞こえてきました。
続いて、
あの日のひじりちゃんの声も聞こえてきます。
三人の女の子が私の周りで一緒になってきゃっきゃとはしゃぎながらぶらんこを揺らしてくれるのです。
夕景はあまりにきれいな淡い色をしていましたが私はこの日をいつまでも憶えていたくて目を閉じました。