見出し画像

冬のアゲハチョウ

「アゲハチョウが卵から成虫になるまでの生存率って1%にも満たないんだって」
 ミチが教えてくれた。
「それって、ほとんど羽化できないってことじゃないか」
 ボクたちは病院の敷地内で午後のデートを楽しんでいた。
 ミチの一番のお気に入りスポットに二人並んで座る。
 そのボクたちにぶつかりそうなほど生命力をほとばしらせながら二匹のアゲハチョウが舞っていた。
 ミチは続けた。
「そうよ。この二匹だって奇跡のように生き残って、わずか何週間という短い一生の中のほんの一瞬だけ巡り合ってるんだよ。大大大奇跡だよ」
 ミチはいつものように大げさにそう言ったあと黙り込んで、その二匹のアゲハチョウをしばらく目で追った。それは何か考え事をしている風でもなく、本当にアゲハチョウの行方を目で追っているようだった。
「あ、しんみりしないでね。かわいそうな話じゃないんだよ。最高に幸せな話なんだよ。大奇跡をつないだ結果こんなにキレイに一緒に舞えるなんてそれだけでこの世に生まれた価値があるじゃん。羨ましいじゃん」
 アゲハチョウからボクに視線を移して言った。
 夕陽が長い影を描き始めたのを見てボクはミチの車椅子に手を掛けた。
「日が陰ってきたね。そろそろ部屋に戻ろうか」

 ある晴れた日の昼下がり、最期の瞬間まで人生を喜び人生を舞ったミチは微笑みながら目を閉じた。
 そして空へ。
 もう季節は冬だったがボクは確かに窓の外に一匹のアゲハチョウを見た。
 アゲハチョウは何かを伝えるかのように二、三回大きな輪を描いたあと空高くに飛んで行った。

(kashikuさんの作品からインスピレーションを受けました。
 kashikuさんどうも有難うございます)