駆け出し百人一首(29)春の野に菫摘みにと来し我ぞ野をなつかしみ一夜寝にける(山部赤人)

春(はる)の野(の)に菫(すみれ)摘(つ)みにと来(こ)し我(われ)ぞ野(の)をなつかしみ一夜(ひとよ)寝(ね)にける

万葉集 巻八 1424番

訳:春の野に菫を摘みにやって来た私であるが、春の野の様子に心惹かれたので、一晩ここで休むことになったのだなぁ。

I came to the spring grass field to gather violets. I was so attracted to the natural beauty that I couldn't help staying there overnight.


『古今和歌集』仮名序において、柿本人麻呂と並んで讃えられているのが、山部赤人です。百人一首の「田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」でも有名ですね。下級官人だったようですが、朝廷の行事に随行して和歌を詠む“宮廷歌人”の役割を果たしていたと見られます。
この歌も、単に個人的に菫を摘みに来たわけではなく、帝らに献上する菫を摘みに来たのかもしれません(当時は、菫の花や葉を食べる習慣がありました)。
中には、この菫を女性の比喩だと捉えている学者もいます。ちらりと顔を見るぐらいで、決して長居するつもりはなかったのに、女性の魅力に抗えず、つい泊まってしまった……。そう読むと全然違う印象になりますね。


文法事項

来し:「し」は過去の助動詞「き」連体形。
野をなつかしみ:「◯を◇み」(◇は形容詞の語幹)で「◯が◇なので」。理由を表す。「なつかしければ」よりも字数が少なくて済むため、もっぱら和歌でのみ用いられる文法。
寝にける:完了「ぬ」連用形+詠嘆「けり」連体形。「けり」が連体形なのは、係助詞「ぞ」からの係り結び。


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