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不審な訪問者

5年くらい前に知らない男が家を訪ねてきたことがある。

チャイムの音が聞こえてドアを開けると二十代後半のチャラそうな男が立っていた。用件を尋ねてもそれには答えず、一方的に話し始める。お知らせを郵送したのに連絡がなかったから何度か訪問したがいつも不在で今日ようやく会えた、と。

そんな郵便物は届いていないし、在宅勤務なのでほぼ家にいた。明らかにをついている。一般的な人間に通用しそうな嘘を相手を見ずにぶっ放している。マニュアル化されているのだろう。

信用を得たいならまず名乗るべきだと言うと「〇〇会社の佐藤です。最初に言いましたよ」と採れたて新鮮な嘘をつく。しかも、佐藤って。アドリブは苦手らしい。

頑なに心を開かない僕に対して男は手提げカバンを開いてみせた。

「ほら、怪しいものは持ってませんよ」

身分証とか仕事の内容がわかるものが出てくるのかと思ったら、意外にもカバンの中は空だった。しばし呆気に取られて、すぐに思い至る。武器を持っていないということか。うん、危害を加える人の発想だね。

その後のやりとりで執拗に在宅状況や年収、同居人の有無を知りたがっていたことから、空き巣の下調べだったのではないかと想像している。顔を晒すということはおそらく組織的である。

男は2時間ほど僕に説教をして帰っていった。低めに申告した年収がよほど心配だったようで、もっと頑張らないとダメだとか親孝行しなさいとか熱心に語っていた。去り際のセリフは「こんなに大人しく話を聞いてくれる人は初めてだ。あなたは良い人なんだから幸せになれるよ。」だった。

褒められちゃった。僕も君が真っ当な仕事に就いて幸せであることを祈っている。