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幼い頃、団地の子供たちと公園で砂遊びをしているとポツリポツリと雨が降り始めた。誰か一人が帰ると言い出したのをきっかけに皆それぞれの家へ帰っていった。

雨は1時間もしないうちに止み、ふたたび日が差すようになると先ほどのメンバーが自然に公園へと戻ってきていた。

7号館に虹が出てるんだって」

誰かが言った。僕は見上げるほど大きな光の柱を想像した。地面から青い空に向かって弧を描きながら生えている七色の虹を思い描いた。言うまでもないが、実際にはそんな光景は見られなかった。7号館の前庭に虹の痕跡は何も残されていなかった。

当時の僕は知らなかった。原理的に虹の足元に近づくことはできない。同じセリフを大人の僕が耳にしてもただ聞き流すだけだろう。花壇に水撒きでもしていて小さな虹がかかったくらいに考える。子供の足で走っても数十秒の距離だが、わざわざ確認しに行こうとは思わない。

その7号館までの道を幼い僕は走った。期待に胸を膨らませながら、はやる気持ちを抑えながら、雨上がりの匂いがする中を駆けていった。

あの数十秒はこれまでに見たどの虹よりも鮮やかな記憶として僕の心に刻まれている。