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農薬禍を自分の身体で確認した梁瀬義亮さん

奈良県五條市の開業医として農家の奇妙な病状を農薬禍と診断されたのは、1950年代後半。食べものと健康のつながりへの関心をきっかけに有機農業を実践された財団法人慈光会の梁瀬義亮(やなせぎりょう、1920-93)さんを訪ねたのは、1987年5月でした。
直営農場にも案内いただき、畑の土壌動物相を調査させていただきました。


農家の病状を診断し、自ら農薬禍を体験

梁瀬さんは、診察に来られる農家の臨床状態を整理し、当時使用されていたホリドールをはじめとする農薬が人体に慢性中毒症状を及ぼしていることを確認されました。ただし、ホリドールが散布後2週間すれば無害になるとされていたため腑に落ちない点があり、確認するために自らの身体で実験をされました。

キャベツにホリドールの1,000倍液を毎日一株ずつ順番に散布。2週間目の無害とされる株から葉を採取し、その絞り汁を毎日飲み続けられました。
そして2週間でホリドールが無害になることはなく、病状の要因が農薬であることを突き止められました。

1か月間で実験をやめられたそうですが、その後も体が衰弱した状態が続き、もう駄目かと思うこともあったそうです。
絞り汁の飲料をやめてから3か月してやっと恢復かいふくの兆しが現れるほどの人体実験を、どうしてされたのかをお尋ねしたところ、「医師でもあり、体調の異変に気付けばいつでも実験を止めるつもりでいたが、急に異変が来て身動きできなくなった」と梁瀬さん

人体の異変は生態系の異変にも類似

農薬の人体への影響(連続摂取による慢性中毒)は、コップに水を注ぐような行為と類似していると思います。
いっぱいになるまで水を注ぐことはできますが、注ぎ続けるとあふれるしかありません。あふれたときに一気に現れるのが病状です。

梁瀬さんが体験した人体の異変は、生態系で見られるレジームシフトと類似しています。
レジームシフトとは、湖に流れ込む栄養塩の量が緩やかに増加しているにも関わらず、ある値を境として湖の透明度が高い状態から低い状態へと急激に変化する現象です。

レジームシフトが起こった場合、負荷量(栄養塩などの汚染物質の量)をその境となった値より減少させても元の状態に戻りません。透明度の高い湖に戻るには、さらに負荷量を減少させなければなりません。

作物以外の生きものを排除した農地が、そのはたらきを活用できる農地になるためにどのような管理をすべきかを検討する際にも、この現象が参考になります。

有機農業を実践し、活動を組織化

梁瀬さんは、実践をとおして農薬や化学肥料を使わずに野菜や果樹が育つことを明らかしながら、仲間をつくり、1959年には「健康を守る会」を設立。それを財団法人慈光会に発展させて、直営農場を設け、食べものと健康との強いつながりを指摘しながら、有機農業の啓蒙と実践に取り組まれました。
また、1971年に設立された「日本有機農業研究会」の共同発足人・幹事として活動の一端を担われ、社団法人全国愛農会が1972年より有機農業の推進に舵を切ることにも貢献されました。

参考図書

梁瀬義亮(1978)『生命の医と生命の農を求めて』白樹社.

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