見出し画像

『の短さについて』 「住む場所が変わること」それがセネカの「流刑」の捉え方(世界の歴史)

 セネカは紀元前4年から語年頃、スペインのゴルドバに生まれた。欧米では有名なストア派の哲学者だ。しかし、日本の思想会でセネカは軽んじられてきた。それは、セネカは論語と同じ古くさい道徳論で、近代哲学からすると取り上げるに値しないとされてきたからだ。セネカが目指したものは、ソクラテスへの回帰からの人間学だった。それは療法的で、謹呈相手に対し、疑似対話型の形式でまとめられている。

 本書は「パウリーヌスに寄せる生の短さについて」「セレーヌスに寄せる心の平成について」「ガッリーオーに寄せる幸福な生について」の3篇が収められているが、例えば、「生の短さについて」には以下のような記述がある。

「すべての人間な中で唯一、英知(哲学)のために時間を使う人だけが閑暇の人であり、(真に)生きている人なのである。」

「それに反し、過去を忘れ、今をなおざりにし、未来を恐れる者たちの生涯は、きわめて短く、不安に満ちたものである。」

「何かに忙殺され者たちの置かれた状況は皆、惨めなものであるが、とりわけ惨めなのは、自分のものでは決してない、他人の営々とした役務のためにあくせくさせられる者、 中略 そのようなものは、自分の生がいかに短いかを知りたければ、自分の生のどれだけの部分が自分のものであるかを考えてみればよいのである。」

 つまり、生は浪費をすれば短く、活用すれば長いということ。ちなみに上記の「閑暇」とは、「休息」と区別して使われ、仕事とは無関係に、個々人が時間や空間を費やして幸福を追求するために存在するもので、それが「よき魂」を養い、教養を身につけさせる時間とされる。そして、この考えの延長線上に、現在の「リベラルアーツ」がある。

 セネカは一人息子を亡くした後、皇帝クラウディウスの治世の時に権力争いに巻き込まれコルシカ島へ流刑されたが、ネロの教育熱心な母親が流刑赦免に尽力し、ネロの家庭教師となった。しかし、成長したネロはその母親を殺し、妻と離縁し処刑、放火犯をキリスト教徒とし、ペテロ、パウロも殺した。あとには養育係だったセネカしか殺す人はいなくなり、血管を開かれ、毒人参を仰ぎ、熱湯の風呂に浸かり絶命させられたという。それでもセネカは、ストアはの哲学者にふさわしく平静さを失わなかったと伝えられている。

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。