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『全身小説家』一体全体何なんだこのモテる男は(人間学)

 瀬戸内寂聴氏と不倫関係にあった小説家井上光晴が癌になってからなくなるまでの5年間を描いたドキュメンタリー映画。

 瀬戸内寂聴氏42歳、井上光晴38歳、同じ5月15日生まれ。二人は不倫関係を長く続けたが、二人の年表によると、井上光晴が調布に家を購入したとき、瀬戸内寂聴が出家(51歳)。井上は家庭を選択し、寂聴さんは仏門を選択した。井上の母親は妹と彼を捨て、寂聴氏は娘を捨てた。寂聴氏が娘に会ったときは、小説家なら最後まで捨てろ、と烈火の如く起こったという。それにしても、瀬戸内寂聴氏だけでなく、井上光晴の周りには彼を慕う女性がウヨウヨいて、このドキュメンタリーではそれぞれが井上に対する思いを熱っぽく語る。幅広い年代にこれほどモテる男も珍しい。どんな小説を書いているかも知らないが、『全身小説家』というあだ名は埴谷雄高が命名したらしい。大学など出ていないためか、三田派とか、早稲田派などの文壇の「群れ」に加わることもなく、力量に対しての評価が低すぎると、瀬戸内寂聴氏は嘆く。

  一体全体何なんだこのモテる男は、というのが正直な感想だが、監督は、マイケル・ムーアが生涯観たドキュメンタリー映画の中で不動の1位と評価する「ゆきゆきて、神軍」の原一男監督。全身小説家というだけあって、経歴その他、ほとんどフィクション。亡くなった後、遺骨は遺族の自宅のクローゼットに7年間置かれたままで、瀬戸内寂聴氏の岩手天台寺の墓所に収められ、のちに妻も同墓に埋葬されたとのこと。娘さんは小説家の井上荒野氏で、彼女が書いた父親についての小説『あちらにいる鬼』は映画化が決定した。

 『ゆきゆきて、神軍』とともに、『全身小説家』も、昭和の奇跡とも言えるドキュメンタリーではないだろうか。瀬戸内寂聴氏の最後の弔事に込められた人間らしさにも感動してしまった。そして、差別をテーマとしたものが多いようだが、井上光晴の小説も読んでみよう。

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