同調圧力とは何か?『昭和23年冬の暗号』巻末に、アッシュによる空気の定量化実験を紹介しています。

 『昭和16年夏の敗戦』の完結篇として『昭和23年冬の暗号』を2021年6月に中公文庫版として刊行中です。

 『昭和16年夏の敗戦』は、総力戦研究所の若手研究員たちの模擬内閣によるシミュレーションでは日米戦日本必敗の結論でした。そのシミュレーションは厳密なデータの分析により導かれたものでした。
 つい最近、東京五輪中止論がテレビで跋扈して世論の3分の2が中止に傾き、奇妙な空気に覆われた(その世論は一時的な空気に支配されたもので、テレビコメンテイターは手のひら返しでいまはメダル報道で一喜一憂し、雲散霧消している)。
 この空気のなかで『昭和16 年夏の敗戦』を書いた猪瀬はなぜ中止論を否定するのかという意見がSNS上で多く見られた。そういう意見は極めて低レベルのアナロジーであり、総力戦研究所のシミュレーションはそんな感情的なものではない。
 五輪出場選手まで、公にコメントを言うのを控えるぐらい中止論が跋扈したが、まさにそれこそ戦前の空気なのであり、アナロジーでとらえるとしたらその点であるはずだ。
 今回、『昭和23年冬の暗号』巻末に同調圧力について「アッシュの実験」を紹介しながら解き明かし分析しました。
 以下の文章です。

 二〇二〇年、コロナウイルス感染の流行によって再び日本的意思決定の欠陥が露わとなる事態が起きた。有事において「空気」に左右される特質が未だに続いている。
 山本七平は『「空気」の研究』でつぎのように述べている。 
「われわれはまず、何よりも先に、この『空気』なるものの正体を把握しておかないと、 将来なにが起るやら、皆目見当がつかないことになる」 
 「空気」とは何か。先に述べた東工大の講義で、理系学生に理解しやすいよう定量的に示 すために僕はアメリカの心理学者ソロモン・アッシュの実験(「意見と社会的圧力」 一九五五年)を説明した。最後にこの実験を紹介しておこう。
  一つのテーブルに六人から八人の男子学生が坐っている。被験者は最後か、最後から二 番目の回答者になっているが残りはすべてサクラであることは知らされていない。 
  一枚のカードを見せる。一本の線分がある。二枚目のカードが見せられる。三本の線分があるが、そのうち一本だけが一枚目のカードと同じ 長さで残りの二本は長さが異なる。
  一番目のサクラが間違った答えを選ぶ。二番目、三 番目もつぎつぎと同調する。そのうちに被験者の番になる。被験者は自分の選択が間違っているのではない かと不安になり、先行する回答者と同じ間違った答えを選んでしまう。 
  誤答率はじつに三分の一に達した。 
 同調行動がどんな場合に回避されるかも調べた。一つのテーブルに正しいことを言うサクラを一人だけ入れると誤答率は四分の一に下がったという結果もある。 異なる意見が少しでも混じると同調圧力は確実に低下 するのだ。 
 個人主義の強いアメリカ人でも「空気」に呑み込ま れた。この実験を同質性の強い集団が多い日本人で試 したら誤答率はとても三分の一どころでは済まないだろう。
 日本の組織の問題点は、近年では新卒一括採用の慣行ではないかと思っている。年功序列とセットになったこの慣行は個性を鋳型に嵌め込み、忖度意識を発生させている。さら に日本では記者クラブに依存した大手メディアが、同調性を高める装置になっているところも危うい。 
 日本人のDNAとも見紛うこの独特の忖度し合う態度は江戸時代にゆっくりと熟成され たもののように思われるが、明治時代にヨーロッパの思想や制度を導入した「近代」とい う革命を経てもついに克服しきれなかった。 
 アッシュの実験に鑑みて述べれば、日本では進んでサクラになるよう暗黙のうちに求め られる側面が装置としてはたらいている。それでもグループのなかで一人でなく二人、三 人と進んで、少数意見を述べる勇気を発揮すれば、場の空気は変えられる、と実験結果は示しているのである。

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