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雨の匂いがない街

目と鼻の先にコンビニもスーパーもある。少し歩けば、話題のカフェやオシャレなセレクトショップもある。
電車で何駅か行けば、家電量販店もネオンが煌めく繁華街だってある。

この街に越してきて1年がたつ。生活に困ったことなんてなにひとつなく、どこにいくにも便利だとずっと思ってきた。すべてがこの街にはある。

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まとわりつくような湿度、曇りがちで安心して洗濯物を干させてくれない空模様。毎年僕の頭を悩ませる梅雨が今年もやってきた。くせ毛なので文字通り頭を悩ませるわけだけど、嫌でも湿気とお付き合いしなきゃならない。

上司のご機嫌を取るかのようにお天道様のご機嫌をスマホで確認する。

「部長、今日はいいことでもあったんですか?」と言いながら、仕事を片付けていくかサラリーマンのごとく、ここぞとばかりに洗濯物を片付けていく毎日がもう何日も続いている。

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あの匂いがこの街にはない。

そんなことはなかろうと思い、灰色がかかった空を見上げて、思いっきり空気を吸い込む。けれども、一向に「雨の匂い」がしない。

この街に越してきて1年。なんでもあると思っていたこの街には「雨の匂い」がない。新緑と湿度が相まって生まれるあの匂いの気配がどこにもない。

交通の便利さ、生活に必要な商業施設の有無。それらが身近にあるというだけなんでもあると錯覚していた。この街には雨の匂いはない。きっとこれから夏になっても蝉時雨をうざったいと思うこともないのだろう。

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この街にはすべてがある。

けれど、梅雨の雨の匂い。夏の蝉時雨。秋から冬の落ち葉。そういうものに囲まれて育った僕にとっての当たり前のものがこの街にはない。

すべてがあるけれど、なにかがない街。ないものがあることにこれからも驚くのだろうし、きっと寂しく感じることもあるのだろうけれど、今日もこの街で生きていく。

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