山廃仕込みの男

日本酒の山廃仕込みって知ってる?「山卸廃止酛仕込み」の略。

読みながら、きっと眠くなっちゃう人もいるので、なるべく簡単に言うと、乳酸菌を一から育てる、「生酛造り」の1つ。「山卸」と言う筋肉ムキムキのいい男(職人)が、極寒の中で櫂ですりつぶす工程を「廃止」して、自然界の酵母の力で同じ深みをだすこと。

基本的にワイン好きと日本酒好きは、同じ醸造酒(発酵させるお酒)なのに、相容れない。ワイン好きはいつも、和食に日本酒を合わせようとするし、寿司やカレーとかどう考えても合わないものにも、永遠にチャレンジし続ける。

日本酒は日本酒で、華やかな純米大吟醸でシャルドネ並みの樽香を振る舞うし、ワインを意識してないって言ったら嘘になるんじゃないかな。でも、私は日本酒も好き。

「日本酒な男」とは、あまりにもざっくりし過ぎてて、恥ずかしすぎる。シャルドネとリースリングが全く違うように、同じワインでも品種によって味わいがあまりにも違いすぎるし、そこまで私は味盲ではない。ただ、ワインは品種によって味わいが異なるが、日本酒の場合は、その製法で印象が全く別物になる。技術や匠の酒。優劣ではない。

日本酒は米でできている。当たり前のように思うだろうが、日本人にとって米とは遺伝子レベルで馴染みのある食べ物で、どうやっても、本当に、どうやっても、米なしでは辛すぎる。

私は7歳ぐらいの頃、父親の仕事の都合で、海外に住んでいたが、最初の1ヶ月、ホテル生活で米が食べられなかった時、2週間目あたりから、家族全員が、次第におかしくなってきたような気がする。どんな極上のクロワッサンでさえも、料理人が目の前で作るたまご料理も、全く食指が動かない。その後、親切な在住日本人のお家で、ごくごく普通のふりかけおにぎりを食べさせてもらった時は、震えながら無心で食べたのを覚えている。泣いてたかも。帰国直後、コンビニのおにぎりでさえも、「スーパーフード、豊穣の証、それがおにぎり」と私の頭に刻印された。

山廃に限らず、「日本酒」な男というのは、わりと日本人男性が当てはまる。年下で、きゃんきゃん甘えてくれるかわいい年下男は純米酒かもしれないし、あなたの素敵な上司も、ぬる燗で優しく包む本醸造かもしれない。

普通にいるって思うでしょ? 簡単に見つかるって思うでしょ? それはね、大間違いだよ。「星野源ぐらいの普通の人がいい」って聞いたことあるけど、あの人は普通じゃないからね。文才も音楽も全く普通じゃないアーティスト。

確かに街中で見かけたら、普通すぎて街に溶け込んでいる。でも、自分が持つアンテナを最大限に精度をあげてみて。スニーカーやジーンズがさりげなくおしゃれだったりする。さりげなく。「そのスニーカー、よく知らないけど、なんかかっこいいね」って言ったら、嬉し恥ずかしそうに、限定ものだとか色々説明してくれる。可愛くてたまらない。

おしゃれな飲食店もさほど知らないかもしれない。気の利いたプレゼントもくれないかもしれない。「愛してる」とか女子が喜ぶような台詞は早々聞けないかもしれない。何かを問い詰めたら、黙ってしまうかもしれない。スマートで面白いギャグを言ってくれるわけでもない。

その代わり、お米本来が持つ、包み込むような「温かさ」がある。芋焼酎のような、分かり易い「温かさ」ではないけれど、そっと後ろから抱きしめられるような感覚。「俺じゃダメか?」なんて台詞は言わないけど、そっと何も言わず抱きしめてくれる。その体温に、えもいわれぬ幸福を感じる。細胞の隅々まで、あったまる。

「山廃仕込みの男」はそんな人だ。そういえば、大学の頃に好きだった彼は、山廃仕込みだった。その魅力に気がついてるのは、私だけって思ってたけど、密かに人気があった。飲めば飲むほど、その宇宙のような奥深さや奥底から湧き上がる米由来の控えめな甘さ。こんな愛情を噛み締められる女は幸せだ。

そんな山廃男はどんな女が好きなんだろう。

恥を承知で黒歴史を話すと、私はこの山廃男に色仕掛けで接近した。きちんとノートを取ってる彼から、テスト前に教えてもらうという口実で、一人暮らしの部屋へ潜り込んだ。露骨な性アピールはしないけど、浅はかな自信があった。はれて、付き合うことにはなったが、お互いの幼さから長くは続かなかったし、傷つけあって終了した。そもそも、色仕掛けで接近したから、当然の帰結だったかも。その後、留学中に私は手紙を書いたが、特徴的で丁寧な字で日本の流行り(宇多田ひかるとか)の話と、バイト先の年上の女性と付き合っていると返事をもらった。何か体に不自由があるけれど、心も見た目も綺麗な人だと書いてあった記憶がある。どうやっても敵わないだろうな、と異国でその言葉を噛み締めた。

小手先や表面的な美しさでは決して落とせない。奇跡的にそんな山廃男に愛されたのなら、自分が持つ全ての力で、愛すること。それしかない。いい女気取りはしてはいけない。素直に彼の愛に応えるだけでいい。

秋になると、山廃が飲みたくなる。

それは、私にはどうやっても手の届かないからだろうな。

せめて、飲み手として山廃の温もりを感じたい。

ねえ、今の私はどんな風に映りますか?


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