令和元年司法試験商法(補足)

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前項答案例で書けなかったことについての補足です。

第1 設問1の「比較した上で、論じなさい」とは
 本問のこの設問は意図が不明瞭である。私は単に両者の手続を挙げるのみでは足りないと考えている。とはいうものの、どのような点に着目すべきなのかは明確ではない。そこで、以下考えられる点を挙げる。
①定款に即した比較
 設問1には甲社定款の抜粋が挙げられている。ということは、定款の各条項についていかなる違いが生じるのかについて論じることは最低限求められているのではと考えられる。
②費用
 両手続においては、費用の負担者が異なることと考えられる。特に日本の会社法では305条に基づく議案要領通知請求は(会社法施行規則93条も参照)、会社の費用負担の下に行うことが可能である。一方、株主総会を株主自ら招集した場合は、招集・開催に要する費用は株主の負担となると解されている。なお江頭先生は民法702条による求償が可能な場合があるとの立場に立っている(江頭「株式会社法」(第6版)p322注8)。とはいえ、株主は総会の費用を負担しなければならず、求償も不確実というリスクを負うという点は留意すべきであろう。
③実効性担保
 答案例では触れなかったが、会社が請求に応じなかった場合にどのようにして実効性を確保するのかが問題となる。少数株主による招集の場合は、形式的要件をみたせば、権利濫用と認められる場合を除き、裁判所は招集を許可しなくてはならないので、この点は問題とならない。
 一方、株主提案が取り上げられない場合の法的措置としては、仮地位仮処分(民事保全法23条2項)によるべきであると考えられる。この場合、被保全権利(適法に株主提案をしたこと)、及び、保全の必要性(著しい損害を被ること、本件だと株主総会で議案が取り上げられなかった場合は、決議取消決議によることができない可能性があることであろうか)、を疎明しなければならない(田中亘「会社法」p163参照)。

第2 設問2について
①不公正発行と株主平等原則との関係
 これらは別個の論点であると考えられるが、元ネタとなったブルドックソース事件(最高裁平成19年8月7日決定)においては、株主平等原則が中心的に検討されている。検討すべき事実は両者において大部分は重なることと考えられる(伊藤靖史ほか「事例で考える会社法」p276)。
②「必要性」の要件をめぐる争点
 上記判例は必要性の要件について「最終的には、会社の利益の帰属主体である株主自身」によって判断されるべきとしている。しかし、同判例においては議決権総数の約83.4%の賛成を得て可決されている一方、本問では総株主の議決権数の90%のうちの67%の賛成によって可決されており、状況が異なる。判例は必要となる株主総会決議の要件を明示していないことから、この点をどのように考えるのかは問題となるであろう。
 本問の状況を整理すると買収者(乙)の持株比率は20%、賛成株主の割合は総議決権数の約60%(0.9・0.67)である。伊藤靖史先生は20%かつ約71%の事例では肯定的に解している(「事例で考える会社法」p276)。本問では、特別決議の要件を満たしたことから直ちに「ほとんどの既存株主」(上記最決)による判断があったといえるかが問われるであろう。
 なお、上記判例は総会の判断内容についても全く審査していない訳ではないと考えられているのであるから(伊藤靖史、会社法判例百選100事件)、他の事実を評価して必要性の要件をみたすと判断することは十分に考えられるであろう。
③主要目的ルールを用いることができるか
 不公正発行を論じる場合、いわゆる主要目的ルールにあてはめること「のみ」により結論を導くことは困難であると考えられる。上記最決の調査官解説によれば、「本件は、防衛策の導入、発動の是非を株主総会の決議にゆだねるものであり、主要目的ルールによって当然に結論を導き出すことができるわけではない」としている。
 ただ、上記最決も「会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持するためではなく,専ら経営を担当している取締役等又はこれを支持する特定の株主の経営支配権を維持するためのものである場合には,その新株予約権無償割当ては原則として著しく不公正な方法によるものと解すべき」としていることから、主要目的ルールは無視されてはいない。すなわち、この場合は不公正性の判断の一要素とはなると解するべきであろう。
④新株予約権の譲渡制限と不公正発行
 譲渡制限がある場合、取締役会の承認がなければ株式の移転時に新株予約権が随伴しないこととなる。東京高決平成17年6月15日は、「債権者を含む既存株主にとっては、将来、敵対的買収者(特定株式保有者)が出現し、新株予約権が行使され新株が発行された場合には、その取得する新株によって、株価の値下がり等による不利益を回復できるという担保はあるものの、既存株主としても、本件新株予約権の譲渡が禁止されているため、敵対的買収者が出現して新株が発行されない限りは、新株予約権を譲渡することにより、上記のような株価低迷に対する損失をてん補する手立てはないから、既存株主が被る上記のような損害を否定することはできない。このような損害は、敵対的買収者以外の一般投資家である既存株主が受忍しなければならない損害であるということはできない。」と判示している。
 もっとも、上記高決の事案だと、取締役会は譲渡の承認を行わない」と明記されていたのであるから、本問のケースとは異なる。しかし高決と同様の考え方ができるか否かは、実際の運用にかかってくるであろう。ブルドックソース事件の事例も譲渡制限が付されていたが、判例はその点には触れていない(なお前田雅弘ほか「会社法事例演習教材(第3版)」p128以下参照)。

第3 設問3の「本件決議1」の有効性
これについては、有効、無効いずれの結論を導くことも可能ではないかと考えられる。
①有効とする立論
 会社法295条1項において、非取締役会設置会社は「一切の事項」について決議することができる。これは、株主総会の万能機関性の現れである。そして、同条2項では、取締役会設置会社は原則法定の事項しか決議できないとする一方、定款に記載すれば会社法に規定されていない事項についても決議することができるとされている。これは、取締役会設置会社の株主総会も潜在的には「万能の機関」であることを表している(前掲田中p154)。したがって、性質上株主総会の決議事項になじまないものを除き、定款による留保が可能である。
 株主は会社の実質的な所有者であり、財産の売却という経営上の事項について、株主自身が自ら判断することを定款で定めたとしても、そのことにより生じるリスクを株主は甘受しているといえ、決議事項になじまないとは言えない。よって、決議は有効である。仮に一定の留保への制限があるとしても、重要な財産の譲渡の場合は、組織再編や事業譲渡と同じく、株主総会の権限に属するといいやすいのかもしれない。
②無効とする立論
 取締役会設置会社において、特に公開会社は、株主構成の変動が前提となり、株主の経営事項への関与が消極的になりやすい。このような場合は、取締役会に固有の経営権限を認めるべきである。取締役会設置会社は、法が専ら専門的経営者である取締役に判断をゆだねているといえる(所有と経営の分離)し、裁量事項を定款で制限すると定款遵守義務(355条)との関係で判断が硬直的になりかねない(会社法コンメンタール7、p41参照)。
 立案担当者の説明によれば、取締役会設置会社であっても公開性に差異があることから、各会社の実情に応じて取締役会と株式会社との間での権限の分配を認める趣旨である。本問だと甲社は上場会社であるから、公開性が高く、定款の留保の範囲は狭く解するべきである。
 また、事業譲渡(467条)をはじめとする組織再編との比較も有用かもしれない。例えば事業譲渡において、株主総会は「契約の承認」(467条1項)を行うこととなっている。これを敷衍すると、事業譲渡のためには、総会決議に先立つ取締役会の承認を必要としていると見ることもできる(株主総会限りでの事業譲渡はできない)。本問の会社の重要な財産の譲渡についても同様の理が妥当すると考えることも可能であろう。すなわち、株主総会が重要な財産の譲渡の「承認」を行うのであればまだしも、本件議案1のように株主総会決議のみで財産の処分ができるというのでは、経営への過度の介入と言いやすいであろう。

第4 本件決議1を有効とした場合の処理
 この場合にも経営判断原則を適用することは考えられなくもないが、妥当ではない。定款遵守義務(355条)からの逸脱の義務があるのかが主たる問題となろう。江頭先生は、295条1項の場合において、株主総会が業務執行に関する決議を行ったが、その決議に従うと会社に損害が生じうる場合の責任については、議論があるとしている(前掲江頭p317)。
 この点について、有限会社法の解釈として、決議の内容が法令、定款に違反していない限り、会社に対する責任については取締役の免責が認められる余地はある(前田重行「株主総会制度の研究」p295)。ただし、有限会社における社員総会と、公開会社における株主総会とを直ちに同視しうるかについては問題がある。また、取締役の免責については、会社法424条により原則、総株主の同意を要する事との均衡から、株主総会の普通決議に従ったからといって直ちに取締役を免責していいのか、という問題も生じよう。
 どのみち、取締役には定款を遵守する義務があるのであるから、決議1及び2が有効なものとして存在する以上、取締役はそれに法的に拘束されることとなる。とすると、やはり、それに従ったことが何らかの義務違反を構成する場面はかなり限定されるのではないだろうか。少なくとも本件では困難であると考えられる(第5参照)。
 なお、①「損害が生じない限り」処分を実行すべきというのが株主の合理的意思であった②新たに臨時株主総会を招集して、状況を説明したうえで再議決すべきであった、と論じることも可能かもしれない。①の場合は、合理的意思の判断に経営判断原則が適用され取締役の裁量がある程度認められるであろうことが問題となろう。②については、そのような再議決を行うべき義務があるのか問題となる、また、再議決がないとしても取締役は有効な決議に従ったという事実までもが失われるわけではなく、結局、議論が堂々巡りとなるのではないか。言い換えると、取締役が元の決議を不当としてそれに反する業務を執行することと、元の決議を不当として再決議に諮る事との間にどれほどの距離があるのだろうか。

第5 本件決議1を無効とした場合の処理
 まず、830条2項より株主総会決議は無効となろう。としても決議2についてまで無効と解すべきか疑問がある。総会の権限外の事項である経営に関する事項であっても、株主が会社に意見を表明することまでをも禁止することは妥当でないと考えられる。よって、本件決議2は勧告的決議として有効であり、かつ、取締役の判断材料の1つになるとすべきである。
 また、勧告的決議は拘束力を生じないのであるから、財産の処分の判断は経営判断とすべきである。経営判断原則を適用した場合の結論については両論あると考えられる。個人的には、直感的に、取締役の賛成多数で承認された判断を著しく不合理と断じることには抵抗がある。著しく不合理、とは、類似した状況におかれた合理的思慮を有する者が10人いたとして8~9人はその判断をしなかったといえるような場合をいうのではないだろうか。
しかし、会社が受ける損害とその明白性を強調すれば「著しく不合理」の壁は乗り越えられうるのかもしれない。
 また、経営判断原則を資料の収集と判断の二段階に分ける場合、前者については比較的審査密度が高いといわれる。本問だとこの点を検討する事になると思われるが、①勧告的決議の存在、②取締役が「様々な意見」をのべていること、③社外取締役という独立性の高い者の意見を尊重していること等から、この点の合理性を否定するのは難しいと思われる。

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