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正社員雇用の合理性と重要性は低下している。歴史的背景から紐解くこれからの企業組織と人材調達のあり方とは

テクノロジーやグローバリズムなどの進化によって、事業変革スピードが著しく速くなってきている昨今。同時に、少子高齢化や求人職種の多様化、採用手法の複雑化による人事業務の高度化などで、大手企業であっても、優秀人材の採用が難しくなっています。こうした背景において、今後の企業組織や、人材調達はどうあるべきなのか。
 
このテーマについて、今回、政府自治体のアドバイザーや医科大学の客員教授、大学の特任研究員など多方面で活躍されているコンサルタント兼エンジェル投資家で、グレートジャーニー合同会社 代表の安川 新一郎さんをお招きして、InterRace株式会社代表である桑田良紀がお話をお伺いしました。

インタビュイープロフィール

安川 新一郎氏(やすかわ しんいちろう)Shinichiro Yasukawa

東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員、グレートジャーニー合同会社代表

1991年、一橋大学経済学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーへ入社、東京支社・シカゴ支社に勤務。99年、ソフトバンク株式会社に社長室長として入社、執行役員本部長等を歴任。2016年、社会課題を解決するコレクティブインパクト投資と未来社会実現のための企業支援に向けグレートジャーニー合同会社を創業。これまで東京都顧問、大阪府・市特別参与、内閣官房政府CIO補佐官、公益財団法人Well-being for Planet Earth共同創業者兼特別参与など、行政の現場や公益財団活動からの社会変革も模索している。

明治時代から連綿とつづく、企業が正社員にこだわってきた理由とは

桑田 超売り手市場で人材難が叫ばれるなか、企業はどのようにして人を調達していくのか。その際の企業組織のあり方はどうあるべきなのか。そのあたりのことをぜひ議論したいと思います。
 
安川 これからの企業組織のあり方について話をする前に、以前の日本企業の組織が「なぜ、正社員にこだわってきたのか」、その背景について話をしてみたいと思います。
 
というのも、ビジネスの視点でいえば「世の中はある日突然革命が起きて変化する訳では無い。すべては前の時代の様々な因果関係で繋がっていて、緩やかに変化していく」と、考えられるからです。メディアや教科書では、歴史を単純化して「昭和、平成、令和」の年代別に区切り、その時代の傾向を紹介しますが、すべては前時代のことから影響を受けています。
 
だから、今ある日本企業の組織構造や働き方も当然、過去からの因果関係で成り立っており、時代を経るごとに、新しく書き換えられてきています。その中で、従来のモデルから変われなかった部分は、自然と淘汰されていくわけです。
 
桑田 正社員がどのように生まれてきたのか。そこを紐解くためには、どこまで遡ることになるのでしょう。
 
安川 明治維新後だと思います。そこを紐解いていくと、「官」から「民」への人材の流れがあります。幕府の不平等条約に苦しんだ明治新政府は諸外国との不平等条約を改正し一等国になるために、外国人と折衝を行っていた帝国大学教授や、高級官僚の給与と社会的身分を一等国として恥ずかしくないように引き上げました。鹿鳴館的な欧州化政策を給与や処遇面でも行ったのです。
 
こうした背景により、日本の公務員は給与も身分も保証されていきました。しかし、商売っ気のある官僚は、ビジネスの面白さに目をつけ、民間に移ってきます。鉄道省の高級官僚を辞め東急電鉄創業を創業した五島慶太や大蔵官僚だった第一銀行や東京証券取引所の設立・経営に関わった渋沢栄一は代表的な官から民へ移ったエリートサラリーマンでした。彼らのような高級官僚は多くの同窓の官僚を引き抜き民間企業を設立していき、その時に、いわゆる大学卒で、雇用を保証された少数精鋭の新卒同期エリート採用という形態が誕生していったのだと思います。
 
その一方で、その下の一般労働者は明日仕事があるかどうかも分からない日雇い労働が中心で、完全な身分社会でした。
 
桑田 エリートサラリーマンと、その他の職種では、身分的な差があったわけですね。
 
安川 そうです。それが次第に昭和になって戦争が始まり、総力戦体制が求められるようになり、組合が導入され、正社員の雇用保証の適用範囲が高級幹部から部長や課長などの管理職に広がっていきました。
 
また日本は常に戦時下だったので、財閥系企業などは、軍用機、戦艦、銃器などの製造を担っていたため国から保護を受け、公務員同様、の身分と給与の保証が正社員にまで及ぶようになりました。また、戦後は人手不足を解消する為に、管理職だけだった雇用保障が全正社員にまで広がりました。
 
最近は、同一労働同一賃金制度により、正社員などの正規雇用と、派遣労働者などの非正規雇用の待遇格差が見直されるようになりましたが、正社員の終身雇用と給与保証は明治時代から約150年にわたって、対象を拡大しながら連綿と続いています。 

「検索」「契約」「調整」3つの取引コストの変化により、内部よりも外部からの調達が安く抑えられる

桑田 「民」(民間企業)も今後で言うと、成長が鈍化し、年功序列や終身雇用を前提にすることが限界になっている今、大手企業にいれば出世して、上層部にいける時代ではなくなってきた。そんな変化があるように思います。こうした状況は、企業が正社員を抱えること自体が非合理になってきたように思えますが・・・安川さんはどのように感じていますか。
 
安川 それを紐解く考えとして、今から100年ほど前の1937年に、経済学者のロナルド・コース氏(2001年にノーベル経済学賞を受賞)が発表した「企業の本質」という研究論文があります。
 
その研究によると、会社が存在する理由として、3つの取引コストがあり、企業として正社員を抱えることでこのコストが安くなれば、企業(組織)は拡大できる。しかしその反対に、外部から人を調達した方がこの3つのコストが安くなるのであれば、組織は縮小していくことになる。

企業が当たり前に存在するのではなく、企業内での調整が、市場での調整と比べて低コストであった場合に、経済市場における役割を獲得する、つまり企業が存在するというのが、このコストの意味になります。
 
桑田 具体的に、どういうコストがあるのでしょうか。
 
安川 次の3つになります。
 
①検索コスト
②契約コスト
③調整コスト
 
今の時代に照らし合わせて、1つずつ簡単に説明しておくと、「①検索コスト」とは、人材や情報、リソースを見つけるためのコストです。インターネットのない時代は、グローバルネットワークを持っているのは大企業しかありませんでした。社内や取引先などの情報網から、一般には入手困難な情報などを収集することができました。しかし、それがインターネットなどを通じて、簡単に入手できるようになりました。社外のソロプレナー(個人起業家)のようなプロ人材のほうが、豊富なネットワークを生かして、最先端の情報をつかみ、いち早く的確にリソースを見つけることができます。
 
桑田 今では、インターネットだけでなくChatGPTなども大きく影響しそうですね。
 
安川 そのとおりです。次に「②契約コスト」とは、報酬や仕事の条件、秘密保持などの契約を締結して実行するコストのこと分かりやすいのは、新規事業の立ち上げの際の人材起用です。従来であれば、社内の正社員(内部労働市場からの調達)のほうが、商慣習や自社のカルチャーを熟知しているため、契約を締結して実行する手間もほぼかかりませんでした。それが、求められる業務が高度化し、経験・スキル、業務内容に合致できる人材が、内部労働市場から調達できなくなってきました。一方で、個人と法人間で請負業務などをマッチングできるサービスも充実し、契約コストを抑えられるようになり、外部労働市場から調達するハードルが低くなってきています。
 
「③調整コスト」は全員がスムーズに協業するためのコストです。大量生産・大量消費の、右肩上がりの時代は、目標が明確だったので、共通する価値観や判断軸を持った同質性の高い人たちがいる企業のほうが、コミュニケーションも早く、調整コストをあまりかけずに、利益を生み出せました。価値観が多様化し、製品やサービスのライフサイクルが短くなった今は、同質性の高い組織では、創造性や革新性の高いアイデアを生み出しづらくなり、調整コストが高まってきています。
 
このように、これまでは企業は正社員にこだわって採用してきたにもかかわらず、今やそれを抱えること自体に非合理を感じるような環境になってきているわけです。

企業組織の変化や、人材の流動性は、より激しいものになってくる

安川 また人の流動性もますます高まり、それによって企業組織の体制も変わっていきます。それを裏付ける3つの理由が考えられるからです。 1つは人口動態の変化による「圧倒的な労働人口不足」です。
マッキンゼー・アンド・カンパニー(以下、マッキンゼー)のThe future of work in japanという興味深いレポート(冊子)があります。マッキンゼー・グローバル・インスティテュートの調査によると、日本では「ポストコロナの2030年には150万人程度の人手不足が見込まれる」と、試算しています。AIによって一部の仕事はなくなる一方で、既存の仕事も伸ばしながら、AIエキスパートなどのような新職種も生まれ、まだまだ人材が足りない状態が続きます。それによって生産性を2.5倍向上させる必要があると、推定しています。
 
桑田 2.5倍ですか。
 
安川 そうです。2.5倍というのは、分かりやすくいうと、「1日8時間要していた仕事を3.2時間で行う」ということです。これは朝9時に始業し、昼すぎには終わっているということになります。
 
だから、ChatGPTなどを使い倒して、マルチタスクでやらないと、経済が全く成長しないので、会社が潰れるといったことも起こりうるかもしれません。
 
桑田 人口動態の変化による少子高齢化で、すさまじい環境変化が起こってくるということですね。
 
安川 さらに2つ目は、3つの取引コストの変化による、個人のエンパワーメントの向上です。ここには、インターネットや生成AIなどによる生産性向上も影響しています。
 
3つ目は、会社の寿命と、個人の生涯労働寿命の変化です。一個人の生涯労働寿命が60年近く伸びたなかで、会社の平均寿命は約30年と言われて、旬の時期でいえば、さらに短く10年ほどです。そうなると、新卒で入って定年の60歳まで同じ会社でという終身雇用も合理的ではなくなってきます。また年金制度崩壊により、定年は実質的に70歳以上に伸び、60年近く働かないといけない個人は、職場や働き方を最低2回は見直す必要が出てきます。

大企業は、「頭」ではわかっていても「体」が変革についていけていない


桑田 ある種いろんな理由から、企業が正社員を抱えることが非合理になってきたとしても、大企業では一定合理性が残るようにも思います。取引コストについても、大企業は安く抑えられる。そういうことがしばらく続くのではないでしょうか。
 
安川 変化は一日の革命的出来事で変わるわけではないですから、大企業の人材調達の優位性は現実的にはしばらく続くと思います。但し、求められる人材によって調達の内外コストは様々だと思います。
 
桑田 そうした時の現実的な解として、事業変革を支えるプロ人材(正社員を含む)を獲得していくためには、どうすればいいと思いますか。

安川 そこですよね。ある種大企業は、より大企業になっていくかもしれません。医薬業界や自動車業界などは、今もなお買収を繰り返しているわけですよね。大企業は衰退していくというよりも、反対にメガ化していく。そのほうが確率は高いかもしれません。

桑田 大企業が終身雇用を辞めて、1つの人格として変わっていくことも考えられますよね。経団連が「中途採用比率を上げる」や「ジョブ型雇用を推進する」といったことを強調しているのも、大企業が、自分たちの存続をかけて変化しようとしている証だと思います。

ただ、頭では「変革」していこうと考えていても、体がそれについていけずに、変わりきっていかないということもあるように思います。その1つが、いまだ新卒採用をメインに据え、中途採用は人事部の採用担当が行っている点です。本来であれば、中途採用は現場の人たちが、率先して調達していく体制を整えるべきだと思います。

これからの企業は、正社員の管理職と外部プロのエキスパートで構成される

安川 あくまで私の考察ですが、今後、会社の未来像として、基本的には2種類の人材によって組織が構成されていくと考えています。1つはテクノクラート的な正社員(管理職)。もう1つは外部(プロ人材)のエキスパートです。コロナ禍で、オンラインツールなどが普及し、リモートワークが日常化するなかで、肝となる業務は少数の正社員のみで、その他は基本外注されるだろうというのが私の見立てです。
 
桑田 正社員(管理職)とエキスパート(外部プロ)の2種類の人材しかいなくなるわけですね。

安川 正確に言えば、正社員(管理職)とエキスパート(外部プロ)とAIの3種類です(笑)。例えば、事業戦略に合わせて、経営資源を有効活用するリソースアロケーションと、予算管理を行うバジェットコントロール。また、今の株式市場システムも維持されると考えると、何兆円もの時価総額を市場とやり取りする必要があるため、収益や財務のコントローラーも必要になってきます。
それらを実行するための執行役員や、さらに細分化した意思決定を行う本部機能を担うコントロールリーダーは当事者責任のある正社員が担うことになるでしょう。しかし、その他のエキスパート業務は、社外の生成AIを活用するプロ人材が担っていく。

桑田 ダイナミックな資源配分(アロケーション)が必要ない会社は、どんどんとエキスパートの集合体の組織になっていくわけですね。
 
安川 そうです。その世界に移行しやすいのが金融機関やコンサルティングファームなので、すでに大規模なリストラが始まっているのだと思います。

製薬会社や自動車メーカーなどはマーケットも巨大で、グローバルに競合が対抗しているので、金融機関やコンサルティングファームのように、すぐには組織変化は起こらないと思います。

桑田 ただエキスパートの日本的な進化で言えば、ソロプレナーと呼ばれる外部のプロ人材に任せる前に、多くの企業は、社内にエキスパートをつくろうとするでしょう。その際のボトルネックは、エキスパートに「スキルや業務経験」よりも「組織特殊性」を先に求めてしまうことです。
 
安川 「まずは、自社のやり方を覚えてください」というわけですね。

桑田 そうです。具体的にいえば、某大手メーカーなどでは、エキスパート採用(DX人材)を募集する際に、「転職経験は1社まで」ということを採用条件にしています。

安川 ジョブホッパーはダメだと(笑) オムロンの創業者の立石一真さんなんかは、社会人になって1年で県庁辞めたり、転職先も20代のうちに辞めたりしているので、採用できませんね(笑)

桑田 そういう人たちは「組織特殊性」を飲み込めないタイプだという認識です。このように日本企業は、先に「組織特殊性」を求めるがあまり、この人にどんな職務をお願いすれば、業務がより進化するのかという職務要件定義がないがしろにされてしまっています。

安川 なるほど。企業にとっては、言語化されていない暗黙知に何らかの価値があり、それが「組織が一体化する」ことの意味だということですね。

桑田 おっしゃる通りで、例えば、この製造過程において、「あうん」の呼吸でやらなければならない職群と、業務変革を起こすことを求められている職群が、同じ採用形態になっていることで、組織的にバイアスがかかっているわけです。
 
それによって業務変革に必要なエンジニアが取れず、結果、事業計画も半分しか進まずに、DX改革が遅れてしまうという多大な影響が出てしまっています。

安川 エキスパートポジションを、いかに組織特殊性に依存しない形で再定義できるかが、これからの企業は考えていくべきですね。
 
桑田 タレントアクイジションを定義していく時には、本来その仕事に求められる要件は何なのかということと、安川さんがおっしゃったように、そのエキスパートたちの相場を知ることが欠かせません。
 
会社の主張は分かるものの、結局そのエンジニア(エキスパート)がいないと、事業が進まないとしたら、まずは、彼らが求めることは何なのかを捉える必要があります。

外資系企業は人が流動性する前提で理念や、浸透する仕組みがつくられている

桑田 個人は「副業やりたい」とか「独立したい」という志向が強いので、ご指摘のように、今後は「ソロプレナー」という働き方が多くなっていくように思います。しかしその一方で、大企業側は、まず外部のプロ人材ではなく、正社員としてエキスパートを求めていくと予想されます。ただし、少子高齢化や人事業務の高度化などにより、益々採用ができなくなってきているのが現状です。
 
今も、テクノクラートである新卒社員が取れなくなってきています。ある大手部品メーカーでは、ここ20年間で初めてエンジニアの採用が未達になってしまいました。そのような環境下で、働き手の意識が変わり、人材の流動性が上がっていく時に、大企業は、どのように採用の最適化を行うべきなのでしょうか。

安川 その問いに対する直接的な「答え」ではないですが、あるメーカーの執行役員の方と議論した時に、「俺ら現場は別に中途社員だろうが、プロパー(新卒社員)だろうが、戦力になるならどちらでもいい。でも、人事が(新卒一括採用に)こだわるんだよ」という話を聞いたことがあります。
 
人事部は「プロパーのほうが、企業理念や企業カルチャーの理解が早いので、定着するし、1番効率がいいんです」というわけです。これも一種の「組織特殊性」だと思いますが、それを聞いて、私が質問したのは、「真っ白な画用紙を染め上げるのが、いいんですというのは、そのやり方でないと企業理念が浸透しないということですか。御社の理念は、それほどまでに言語化されていないのでしょうか。Appleの社員なんて、ほぼ何らかの形で転職者ですよ」と。
 
Netflixもそうです。彼らはApple Wayなどのミッションステートメントをしっかり読み込んで、企業の考えに順応し、そこで新たなことを学びながら、極めていい商品や強いサービスをつくっています。「あなたは、ただ単に社内の人たちが仕事をやりやすくするためだけで、コミュニケーションコストを下げることを考えていませんか」、と。
 
桑田 組織特殊性のコミュニケーションを求めることが目的化している、ということですね。
 
安川 そうなのです。外資系企業と比較すると、わかりやすいと思います。マイクロソフトに在籍していた人も、Googleに行くと、Googleらしくなるし、その反対もしかり。それほど「理念」というのは、浸透させることができます。今やIBMを凌ぐ中国の大手ICTメーカーHUAWEIは「顧客第一」「奮闘者」等、独自の強いカルチャーで急成長を遂げてきたことで知られていますが、幹部のほとんどは中途採用です。
 
日本企業の純粋同一性志向はJD(ジョブディスクリプション)以前の話だと思います。組織にとって大切なのは、採用人材そのものではなく、採用人材の人材開発と組織、要は理念の浸透のさせ方ではないでしょうか。

桑田 そうだと思います。
 
安川 少し蘊蓄ぽくなるのですが、「テセルスの船」というギリシャ神話があります。クレタ島に住む怪物ミノタウロスを退治した人の名前です。彼がその島から帰還した際に、乗っていた船を後世に残すために、いろんな人が、次第に朽ち果てていった木材を新しいモノと交換していきました。そして、当初の部品はすべてなくなり、新しいものに置き換えられてしまった時に、はたして、これは「テセウスの船」と言えるのだろうかという、アイデンティティの在り方を問うお話です。
 
企業でいえば、人は変わるが、大切にしている考え方や価値観は変わらない。私が在籍していたマッキンゼーも30期下の人間と話しても、「私がいた時とやはり変わらない」、と感じる時があります。それはリクルートも同じかもしれませんが……。
 
桑田 基本的には変わらないですね。もう1つ日本企業の特徴として、ワークプロセスを最適化していく思考に及ばない傾向があります。業務プロセスやルールは、多くの人たちとの議論の中から生まれるものだと考えたり、JDに明確化されていないことが非常に多いです。
 
それが、日本企業の良さでもあるのですが、マッキンゼーの場合だと完全にイシューが切り出されているので、他の人たちとプロジェクトで一緒に動く時にも、大企業特有のやりにくさなどはなかったのでしょうか。

安川 ありますよ。でも、本来は人が入れ替わっても、理念化されていれば受け継がれていくはずです。転職者個人に学べる素養がなくても、そのカルチャーに染まっていくような強い理念と、訴求システムが内包しているかどうかだと思います。

それがないことのほうが問題じゃないですか。理念が浸透するということと、仲間と連携しやすい環境があるのとは違いますからね。年齢や社歴などに関係なく浸透する理念がないのは、単に理念を『村の掟』だ、と言っているのと同じです。

求める「スキルや業務経験」→「理念」の浸透の順番で、自社への適合度をはかる

安川 少しニュアンスは違いますが、「ヘラクレイトスの川」も同じです。川の水は流れ、変わっているから、二度と同じ川に入ることはできません。人が変わり、会社が変わっていくのは当たり前だけど、大事にする(理念)は変わらない。他社で経験してきても、従業員は企業が重視する価値観などの共通認識を持って、価値のあるサービスや製品を提供していくということなのだと思います。

桑田 安川さんのお話は、企業も個人も変わり、流動性が高まる時に、企業は、まず恐れなくていいということだと思います。オンボーディングを含めた採用の仕方を前提として、文化の浸透をしっかりと仕組み化することで、採用要件としては、どんなスキルや業務経験が必要なのかを、まずベースで考えるべきだということです。
 
しかし、今は定義もあいまいな自社の文化に適合するかどうかが先にあって、その後に業務経験が求められます。そうなると、特に相対的に売り手・買い手のバランスが不均衡な時には、ほしい人材が採用できなくなってしまいます。

安川 求める採用基準の順番を逆にすればいいわけですね。

桑田 そうです。まずはどのようなスキル・経験が、この業務に必要なのか。そして、その人たちに、どのようにしてテセウスの船たる「理念」を浸透させるかという順番で、適合度を測っていくのが、安川さんのおっしゃっていることなのだと思います。

安川 そう言ってあげると、人事としても非常に楽になりそうですね。

桑田 そうですね。

ほしい人材は、人事部に任せるのではなく、自前の事業部で採用するのが、究極の採用形態

安川 また海外の企業は、仕事の進め方や、優先順位の付け方など各企業独自のカルチャーがあるので、どの企業も研修に相当の予算を投資しています。

マッキンゼーも、暗黙知の自社カルチャーにフィットできるように、さまざまなケーススタディを学ばせたり、先輩の体験談を聞かせたり、価値判断のケースをディスカッションさせたりしていました。スキル要件が合致する人を、いかに自社のカルチャーにフィットさせるかが要諦だと思います。日本企業はそこへの投資が少なすぎると思います。

桑田 そこで1つお聞きしたかったのが、マッキンゼーは人の流動性が高いにも関わらず、なぜ「マッキンゼーらしさ」が担保されているのでしょうか。研修の他に、何か取り組んでいることはあるのですか。

安川 「人材育成の文化」が非常に強くあるのが、特筆すべきことかと思います。自社のバリューに紐づいた「Do the right thing」(人として正しいことをやる)等という、いくつかの標語があって、みんなで、これらについてよく話し合います。プロフェッショナリズムの再定義みたいなことが有効に機能していたと思います。

それに、マッキンゼーではコンサルタントは単一職種で、営業〜人事採用育成にいたるまでコンサルタントが行っていたのも、大きいかもしれないですよね。

桑田 新たな人材も、現場のコンサルタントが採用するわけですね。

安川 そうです。アサイメントコーディネーターとしての人事機能はありますが、それ以外は現場のコンサルタントが行っていました。

桑田 なぜ、そういう構造だったのですか。

安川 やっぱりコンサルタントは、コンサルタントしか評価できないからだと思います。人事は「人事のプロ」ですが、コンサルタントという非常に特殊な専門職を取るのは、現場でしかできない。ある意味で徒弟制だと思います。漫才師や落語家が弟子の採用を他の人に任せますか。それと同じ考えです。

桑田 非常に抽象化すれば、タレントアクイジションも、現場で採用を全てやるべきだという考え方なのです。結局ハードエンジニアでも、ソフトエンジニアでも、職種ごとにプロの定義が変わります。
 
安川さんが言うように、オンボーディングも含めて、現場レベルの解像度でやらないと、現場が求める優秀な人材を採用できないからです。これが新卒採用のように、弟子を大量に取ってくる採用手法であれば、現場でなくてもよかったのですが、専門性が強く求められる中途採用だとそういうわけにはいきません。

安川 マッキンゼーだと、自分の弟子を獲得するのは、比較的再現性があることなので、自分の役割として設定するわけです。営業部長が腕利きの営業を採用したいなら、「自分で採用プールのコミュニティをつくれ」ということだと、思います

桑田 コミュニティを自らつくって、取ってくることが、自分のミッションであり、人事部はそれをサポートするということですね。

安川 まさに、そう。基本的な求人情報はあるけれど、細かな条件交渉は、人件費予算のなかで「現場が直接やるから」というふうになっていきます。

桑田 そうなると、ソロプレナーの活躍の場は、もっと増えていきますね。

安川 部門自体が、イントレプレナー的になっていくので、予算のなかでより適正人材ミックスを機動的に考えると思います。ほしい業務経験やスキルがあるなら、社外の副業人材でも何でもいいわけですから。

桑田 人事部だと、職種の希少性が分からなかったりするので、現場を預かる人間が行う。この人は希少性が高いし、「この人と一緒に働きたいから、どんな形でもいいから入ってくれ」というのが、究極の採用スタイルで、マッキンゼーのような採用のやり方だと思います。そうしなければ、採用の見立てがつかないはずなので。

安川 最近では、防衛省が、サイバーセキュリティの専門家に次官並の高い給与を提示していると聞いています。本当に現場で必要とする希少人材を採用するためには、現場が直接権限を持って採用に動く必要があります。
また、マッキンゼーは、非常にハードワークを求められるので、この人にこの仕事が耐えられるかどうかという評価の観点もあったと思います。だからこそ、採用する側の責任は重大でしたね。
 
桑田 人事部に任せていると、採用した人材が途中で辞めてしまうなど、うまくいかない場合は、現場は、人事部門の採用のせいに責任転嫁することも少なくありません。
 
自分たちで「弟子をとる」という気持ちがあれば、覚悟が伴います。見立てという観点だけでなく、オンボーディングまでしっかりこだわり責任感をもってやれるのが、現場に採用を任せるメリットの1つになりそうですね。

まとめ

桑田 今回は安川さんにこれからの企業組織や、人材調達のあり方についてお話を伺いました。改めて内容を整理してみると、
 
・明治時代から約150年間続いた、大企業が正社員を優遇してきた時代から、次第に企業の3つの取引コスト(検索コスト、契約コスト、調整コスト)の変化などにより、大企業が正社員を抱えることに合理性を見出せなくなってきた。
 
・その結果、正社員中心の企業組織から、業務内容に適したテクノクラートといわれる一部の正社員(管理職)と、エキスパート(途中は中途社員だが、将来的にはプロプレナー)で構成される企業組織に変わっていくことが予想される。
 
・さらに採用現場においては、優秀な人材(エキスパート)ほど職種専門性が高いため、従来のように人事担当が採用を行うのではなく、業務を熟知している現場の人材に採用権限が委譲されるようになる。
 
・それによって、細かな条件交渉も可能になり、業務委託や副業といった働き方をしているプロプレナー(プロ人材)も獲得しやすくなり、裏返せば活躍の場が広がる。
 
このようなお話だったかと思います。
 
実はこれは、我々が推進している「タレントアクイジション」、つまり、リクルーターやRPOディレクターなど、外部のHRプロ人材を活用しながら、現場当事者自らが能動的に「優秀な人材(タレント)」を「獲得(アクイジション)」していく活動にまさに通じるお話でした。
 
今後、こうした企業組織の変化や、調達方法の変化が起こりうる。これに対応していくためにも、『タレントアクイジション』体制を自前で持つ必要だと改めて認識させられました。
 
次回は、自らソロプレナーとして活躍する安川さんに、ソロプレナーとして大切にしている価値観や、ポートフォリオの築き方などについて伺います。

安川さん執筆の書籍のご紹介

BRAIN WORKOUTブレイン・ワークアウト 人工知能(AI)と共存するための人間知性(HI)の鍛え方/著・安川 新一郎(KADOKAWA)

自然人類学、脳神経科学、生命科学、AI技術など・・・各専門分野の研究テーマを掘り下げ、諸学問を横断的・体系的に整理し、全体の相互関係を含めて解説した唯一の書籍である。人類の進化の過程にそって「運動/睡眠/瞑想/対話/読書/デジタル」の6つのモードに分け、それぞれに全20 にもなるメニューを提案している。関連研究分野の知見と優れたリーダーたちによる実践例、著者自身の日常生活での試みを随所に反映し、自分たちの脳と知性で、これからの時代をいかに生き抜いていくべきかを考察している。with生成AI時代における必読書。