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過去30年の採用市場動向から紐解く、企業内部にタレントアクイジション機能が育たなかった歴史的背景と、乗り越えた企業の特徴とは

労働人口不足や事業環境の急激な変化により、新卒のみならず経験者採用も含めた人材争奪戦は激しさを増し、特に事業の根幹を担う経営人材やエンジニアなどのコア人材の採用が非常に難しくなりました。いまや、新卒に限らず採用力を高め、能動的かつ戦略的に優秀人材(コア人材)の採用を強化しなければ、企業として生き残ることも難しい時代です。
 
しかし企業では、歴史的な背景から採用機能が自社内に育っておらず、採用力に問題を抱える企業も多く見られるのが現実です。そして特に経験者採用において、その問題が表面化しています。
 
なぜ、企業において採用機能が育ってこなかったのでしょうか?また、そのような中でも採用に強い企業は、いかにして採用力を自社内に保有し続け、量と質にこだわった採用を行うことで事業を成長させてきたのでしょうか?
 
本稿では、約30年の採用市場や人々の就労意識の変化を紐解くことで、企業内において採用機能が育たなかった理由を私なりに考察した上で、その中でも採用に強い企業の事例をとりあげることで、採用力強化のヒントを提示できればと思います。(前編・後編の2回にわたりご紹介します。)

執筆者プロフィール
 
株式会社Prop-UP 代表取締役
InterRace株式会社 パートナー
浅野 和之
 
1993年よりリクルートエージェントにて人材紹介、新規事業開発、人事部長としてリーマンショック時の人員削減を経験。2011年より執行役員として人事・広報・コンプライアンスなどを担当し、2012年からはリクルートキャリア コーポレート部門担当上席執行役員としてVISION、MISSION策定、組織設計、人事制度企画やマネジメント変革、強化およびリスク対応等の事業基盤整備を実行。2021年より株式会社Libryの取締役COOとして事業執行全般に携わる。現在は株式会社Prop-UP代表取締役、InterRace株式会社パートナーとして、組織拡大や変革のために転換期を迎えている企業やベンチャー企業に向けて、課題設定支援、アクションプランの設計支援など、採用も含めた組織体制作りの伴走を行い、さらなる事業成長をサポートしている。

新卒採用中心だった90年代前半。「人材紹介」の認知度はほぼなかった。

私は、1993年のバブル崩壊後に人材紹介会社のリクルート人材センター(現:リクルート)へ入社し、社会人生活をスタートさせました。そこから人材紹介の営業や新規事業開発などを経験後、リクルートエージェントにて新規事業部門長、執行役員人事部長などを経て、リーマンショック、リクルートの分社化及び会社統合で陣頭指揮をとるなど、リクルートグループの再編にも携わってきました。振り返れば、およそ25年以上、経験者採用を中心とした採用領域に関わってきたことになります。
 
私が社会人になったばかりの1990年代前半は、大半の企業は終身雇用・年功序列の日本型雇用で新卒一括採用が中心、経験者採用はメジャーではありませんでした。
 
この頃もリクルートの『B-ing(ビーイング)』や『とらばーゆ』というメディアがありましたが、今となっては当たり前のように使われる「エージェント」については、そのような言葉もなく、「人材紹介サービス」についても認知がほとんどありませんでした。当時、私は人材紹介サービスの営業をしていましたが、ほとんどの会社は「それ何?」という状況で、一からサービススキームを説明していたような時代です。

90年代後半、金融破綻によって「転職」がキャリア形成の選択肢に

1990年代後半になると、働き手の意識が大きく変動する出来事が起こります。四大証券の一角だった山一證券の倒産などに代表される「金融破綻」です。翌年には、大手の日本長期信用銀行や日本債券信用銀行も次々と破綻。企業は採用を抑制し、有効求人倍率が下がっていきました。
 
当時は、「ここに入れば一生安泰」といわれていた金融機関ですら倒産してしまう。あのショッキングな出来事を通じて、「私は、今のままで大丈夫なんだろうか」「この会社に居続ける人生で果たして安心できるのか」──そういう迷いや不安が、人々のなかで大きくなっていった時期でした。
 
一方この頃はITバブルでもあり、マイクロソフトやSAPなどの外資系IT企業では何百名もの大量採用が当たり前のように行われていた時期でもあります。
これらが複合的なきっかけとなり、まずは20代を中心に「転職」がキャリアを築く1つの選択肢として考えられるようになっていきました。
改正職業安定法の施行(1999年)で民間の有料職業紹介事業が原則自由化されたことや、そもそも成果報酬型で使いやすいという特徴も相まって、エージェント(人材紹介会社)はこのあたりから存在感を増していくことになります。

2008年のリーマンショックが採用マーケットに大きく影響した

2000年周辺にはITバブルも崩壊しますが、この際はそれほど大きな求人影響はありませんでした。有効求人倍率を見ても大きな変化はなく、伸びなかったとも言えますが、大きく落ちることもありませんでした。 
 
その後しばらくは有効求人倍率が上がり、採用マーケットも活況の様相を呈していましたが、2008年に突如発生したリーマンショックが採用マーケットに極めて大きな影響を与えます。
 
世界的な株価暴落が起こり、ほとんどの企業が大打撃を受け、その結果として企業は採用数を大幅に削ることになりました。有効求人倍率を振り返っても2007年→2009年の対比で言えば半分以下と大幅にダウン。伴って企業が採用にかけるコストは一気に絞られ、リクルートエージェントやリクナビNEXTなどについても対前年で大幅な売上ダウンとなりました。
 
同時に企業は採用業務や体制を縮小し、不足する部分はアウトソーシングで補う流れとなっていき、採用機能が企業内部に育たなかった要因につながっていきます。
 
一方の個人側で言えば、「自らスキルを磨いて主体的にキャリアを築いていかなければ」という思いがますます強くなり、転職という選択肢が20代だけでなく様々な層に広がっていくことになります。

2010年代、「転職」がもはや当たり前の時代に突入

2010年代には、海外で主流となっていた「ダイレクトリクルーティング(ダイレクトスカウト)」が国内でも広まっていきました。企業が求人メディアや人材紹介会社を介さずに、直接求職者へアプローチをする採用手法です。
 
リーマンショックから立ち直り、採用も従来のコストのかかるやり方から脱却して、自社で必要な人材にアプローチしようと考える企業や、若い世代を中心に起業する人が出てきて自分たちで仲間を探そうとする企業が増えてきたのが、「ダイレクトリクルーティング」が急伸してきた理由だと思います。
 
2011年には東日本大地震が起こり、一時的には企業も足踏みし採用活動も一旦止まるものの、翌年にはアベノミクスが始まり、その後10年ほどは採用マーケットも活況を呈し、激しい人材獲得競争が続きました。

転職候補者の行動が多様化してきた

また昨今では、転職活動における人々の行動も大きく変わってきています。
 
以前であれば、募集企業を自ら探し応募する手段が主流でしたが、現在は、エージェント(人材紹介会社)が一般化し、キャリアアドバイザー(CA)が仕事探しや履歴書の書き方をサポートしてくれ、リクルーティングアドバイザー(RA)が企業先と調整・交渉をしてくれます。
 
また、ダイレクトリクルーティングサービスでは、登録すれば企業側から「ご興味ありませんか」というオファーのメッセージが届く。あるいは、友人からの紹介で転職先を探すリファラル採用も一般化してきました。
 
企業からすれば、このような多様化に対応するべくあらゆるチャネルに網を張る必要が出てきた結果、コストが膨らんでしまうこととなりました。
 
そして、このような状況において「誰に、どこで、どのタイミングで、どんな情報を出すべきなのか?」、ターゲットごとのチャネルや採用ブランディング、プロセス等を設計していく必要も出てきたため、採用難易度が大幅に上がってしまいました。

企業が採用機能を内部に保持し続けられなかった理由

改めて振り返ってみると、採用マーケットは定期的にやってくる景気の変動により拡大・縮小を繰り返していることがわかります(図表1)。
 
縮小のたびにコストと業務を縮小せざるを得ないため、企業は人事の現場に社員を置き続けることがなかなかできませんでした。その後やってくる景気拡大期に採用を拡大しようとしても、縮小の結果として内部に人材がいないため外部に頼らざるを得ない。これが企業において、採用の外部依存化が進んでしまった背景の1つだと考えています。
 
特に、成果報酬型で人が介在して様々な情報を提供してくれるエージェントという存在は非常に頼りやすく、エージェント事業が大きく成長してきた背景もこのあたりにあると考えられます。

図表1 有効求人倍率の推移(出典:厚生労働省「職業安定業務統計」よりInterRace社にて作成)

加えて、定期的なジョブローテーションで長年人事に従事する人が少なく、人事に採用ノウハウが溜まりづらいという事情も、採用の外部依存化を進めた力学の1つでした。
 
余談ですが、新しく人事に配属された社員が、従来のやり方が分からない中で様々な人材サービス企業からサービスの提案を受け、「それを使ってみよう」となる。人材業界に次々と新たなメディア・サービスが登場しては普及していった背景もこのあたりにあるのだと考えています。
 
ここまで主に経験者採用にフォーカスを当て、個人側の意識変化や企業側の変化を見てきましたが、改めて本題である「企業内部にタレントアクイジション機能が育たなかった歴史的背景」をまとめてみると、
 

①   景気の変動により採用業務が大きく拡縮せざるを得なかった
②   結果的に、企業内部に採用機能を保有し続けづらかった
③   ジョブローテーション制度がさらにその傾向を強めた
④   一方で転職手法の変化・多様化により、採用活動の難易度が上がった

という採用にまつわる環境が大きな背景としてあると考えられます。本稿では触れませんでしたが付け加えると、

⑤   構造的な労働力不足により需給バランスが悪化した(売り手市場になった)
⑥   DXを始めとする事業変革要請によって、急遽、採用経験のない職種を多種多様に採用する必要が出てきた

 といった背景もあり、これらが相互に絡み合った結果、企業は内部にタレントアクイジション機能を育てられなかった、のだと考えられます。
 
言い換えれば、

“売り手市場で採用が難しくなる大きな傾向の中、採用体制を社内に保持し続けづらい環境だったにもかかわらず、これまでに経験のない職種を大量に採用せざるを得なくなり、それに呼応するように採用手法も多様化し、結果的にノウハウも工数も追いつかなくなってしまった” 

ということです。これを受け、エージェントという便利なサービスがノウハウと工数を代替するサービスとして、大きく成長していったのだと考えられます。

採用に強い企業は、「採用」が事業成長に直結する経営テーマに

もちろん、このような環境下でも、採用機能の保有に成功している企業はあります。それは、採用が事業成長に直結する「経営テーマ」になっている企業です。
 
最もわかりやすい例で言えば、人材派遣ビジネスを展開する企業です。採用がそのままビジネスに直結するため、採用が経営テーマに設定されており、IR情報でも採用状況が開示されています。
 
そのような企業でなくても、本来的に人材は事業成長に密接に関連しているはずです。この前提で採用を経営テーマ化している企業では、事業計画達成のために要員計画を策定し、その上で採用計画につながるという当然の流れにより、経営テーマとして採用がミッションとなって現場に降りてくるため、自然と採用が強化されていきます。
 
私が在籍していたリクルートエージェントもそのような企業の1つです。次回は、リクルートエージェントの事例を題材に、採用に強い企業になるためのポイントについて、私なりに考察してみたいと思います。

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